こだわりを手放す、というお話(「情報断食」をやってみたら、こうなった:その2)

Home>心理学>こだわりを手放す、というお話(「情報断食」をやってみたら、こうなった:その2)

こだわりを手放す、というお話(「情報断食」をやってみたら、こうなった:その2)

今日は、昨日の続きのようなお話です。

「情報断食」というのをやってみると、「あ、別に情報のバカ食いなんかしなくてもいいんだ。栄養のあるものを、適度に食べるぐらいでいいんだ」と分かったわけですね。

すると、「情報を得なきゃ、得なきゃ」、「もっと、もっと」っていう執着のようなものから解放されたと。

今日はそんな話の続きで、物事を「手放す」というお話をしてみようかと思います。

 

「多くのことをしなくても、生きていける」という実感

今回私が経験したので強く感じたのは、「多くのものを手放しても、実は結構生きてゆけるな」ってことですね。

カウンセラーで心屋仁之助さんっていう人がいるんですが、彼も似たような断食の経験があるっていうんですよ。

彼は当時すごく太っていて、友人から「健康のために断食してみない?」と誘われたわけです。

で、軽いノリで「いいよ」と言ってしまったんですが、本当に二日間ぐらいの断食をやることになったわけです。

 

彼は、「最初はもう、とんでもなく苦しかった。本気で死ぬかと思った」みたいなことを言っていたんですよ。

でも、どんなに苦しくても逃げ出すことはできないと。

力が出なくて立ち上がることもできないから、どうしようもできないわけです。

そして断食期間が明けて、ふと彼は気づくんですよ。

「あれ? 実はそんなに食べなくても、生きていけるやん」って。

それに気がついたら、今までどれだけダイエットをしても減らなかった体重が、するするっと落ちて、数ヶ月で10キロ以上も減って、適正体重になった、みたいな内容だったんですよ。

 

まさに私の経験も、似たような感じだったんですよね。

まぁ私は劣等感を解決した後だったので、「死ぬ」とまでは思いませんでしたが、普通は死ぬほどの恐怖を覚えると思うんですよ。

例えば、「これから一週間、情報断食をしましょう。PCやスマホ、新聞、テレビなど、全てのデバイスに触れることを禁止しましょう」って言われたらどうでしょう。

「そんなのできっこない!」とか思いますよね(笑

友達との付き合いもできなくなるし、連絡も取れなくなると孤独になるし、何より人と話がついていけなくなるとか、何もすることなくなるとか、不安になるとか、そう思うでしょ。

それが、「執着している状態」です。

 

手放しても生きられるし、手放す方が健康的になれる

例えば食事で言うと、私たちから見れば、アメリカの肥満児に対しては「もっとやせろよ」と言いたくなりますよね(笑

でも、その太りすぎのアメリカ人の本人は、「食べなきゃ死んじゃうよ!」って思ってるんですよ。

私たちからすると、「そんなに太ってるんだから、少々食べなくても死にはしないよ!」って思うでしょ。

「それよりも、そんなジャンクな食べ物をやめて、健康的な食事を適量取りましょうよ」って。

でも、アメリカ人からすると、「そんなのできっこない」って、やめられないわけです。

この「執着している状態」が、情報断食でも同じように出ているわけですね。

 

でも、実際にその執着を手放してみるんですよ。

もう、死に飛び込むような勢いで。

すると、最初は苦しくて苦しくてしょうがないものなんですよね。

メールチェックやツイッターチェックでも、いきなりできなくなると、最初はすごく不安になりますよね。

それと同じで、最初は「惰性」ができずに不安になるんですよ。

だって、「惰性」というのは、「今まで生きることができた、安全な道」ですからね。

「安全な道から出る」と、そりゃ不安になるものです。

 

でも、「うわー、死ぬ、もう死ぬー!」って思っていると、ふと気づくんですよ。

「あれ? 結構生きていけるぞ?」って。

実は少しぐらい食べなくても、情報を得なくても、十分に人は生きていけるものなんですよ。

人間の体は、そんなにヤワじゃありませんからね。

500万年も狩猟採集をして生きてきた人間の仕組みがあるんですもの。

その間には食べられない時期とか、当たり前にあったわけです。

 

そこで初めて、「あ、これをしてなきゃ生きていけないと思っていたけど、別にしなくてもよかったんだ」って理解するわけです。

すなわち、執着が取れる、ということですね。

これは味わったら分かりますが、ぽろりと音を立てて身からはがれ落ちるような、そんな感覚がするんですよ。

「あ、こういう道もあったんだ」みたいな。

すると、「食べなきゃ」とか「ツイートを見なきゃ」みたいな強迫観念が消えて、栄養のある食べ物を、健康的なだけ食べることができるようになるわけです。

心の奥底にある恐怖が解決するんですよ。

だったら、今まで「ダイエットしなきゃ」とか、「ネット依存をやめなきゃ」とか思っていてもできなかったことが、あっさりとできるようになるわけです。

 

「執着を手放す」という考え方

なぜ食べ過ぎるのか。なぜ情報を得続けるのか。なぜ働きすぎるのか。

なぜ嫌な会社なのに居続けるのか。なぜ嫌な人と付き合い続けるのか。なぜ言いたいことを言えないのか。なぜ不本意なことばかりさせられてしまうのか。

そして、なぜずっと、ずーっと苦しみ続けるのか。

その根源には、恐怖と惰性があるわけです。

「これをしなきゃ、生きられない」みたいな。

 

情報断食で言うと、友人づきあいがなくなるんじゃないかとか、人から見捨てられるんじゃないかとか、孤独になるんじゃないかとか、思うわけです。

でも、それって、アメリカの肥満児が「食べなきゃ死ぬ」って言っているのと同じなんですよね。

それを手放した時に、「あ、なくても余裕やん」って分かって、思わず笑い出してしまうわけです。

「何を今まで必死になって、働いていたんだろう」、「何を必死で、嫌われないように努力していたんだろう」、「何を今まで、頑張り続けていたんだろう」みたいに、「無駄な努力だった」と分かるわけですね。

むしろ、「その頑張りは、ジャンクフードを食べる、すなわち体に毒なことをやっていたんだ」って理解できるようになるんですよ。

そうして執着を捨てて、初めて私たちは、健康的な「頑張らない生き方」ができるわけですね。

 

私はここ最近、劣等感の解決に合わせて、いろんなものを手放してみたんですよ。

まずは、制作を手放してみました。

「作らないと、充実した生き方ができない。お金にもならない。認められない」

そう思っていたんですが、今ではPhotoDramaticaとか本の売り上げ(どれも不労所得)が十分にあるので、まるまる遊んでいても収入は全く落ちないから、実は全然お金は豊かな状態だったんですよね。

そこで「あ、お金も十分にあるんだ。無理して作らなくても、快適に暮らしていけるんだ」って初めて気がついたというか。

その余裕から「もっと手放してみよう」として、新作本を無料配布をしてみたら、Amazonでランキングに入るぐらいの成果が出てしまったり。

今まで苦しんでやろうとしていた以上の成果が、苦しまずに実現できたわけです。

執着を手放してみると、「あ、作らなくても別に生きていけるんだ」って分かって、いわゆる「強迫観念に駆られて、ひたすら作る」という毒を取り除くことができたわけです。

 

しんどい人付き合いも手放してみました。

とりあえず、「気が乗らなければレスしない。人相が悪い人には、無理に親切はしない。気分が悪くなるような友人知人親類には、会わない」みたいな。

特に、「もう両親には会わないようにしよう。苦しんで親孝行をするのをやめよう」って思って、「実家に帰ってきなさい」ということも、思い切って断ったわけです。

親孝行もやめました。

最初は何を言われるかとビクビクしていたんですが、意外なほどあっさりと受け入れられて、するとあれほど心の中にあった「反発」が消えたんですよ。

そしてこれは驚きなんですが、親にも変化があって、今までは「あれをしろ、これをしろ」みたいな要求ばかりだったのが、一切なくなったんですよ。

そして親は親で、自分で自分の幸せを探し始めたようになったようで、親にも変化が生まれたわけで。

 

「あればあるほどいい」から抜け出てみる

他にも、「これはありえんな」という選択肢でも、一度やってみることにしたんですよ。

すると、ぽろり、ぽろりと、どんどん執着が落ちていくわけです。

「あ、これをしなくても生きていける。これもなくても大丈夫なんだ」って、どんどん「これをしなければならない」っていうものが消えていったんですよ。

そうすると、多くのものと、健康的に付き合うことができるようになったわけです。

それは情報にしろ、人間関係にしろ、お金にしろ、仕事にしろ、「あればあるほどいい。すればするほどいい」ではないと気づいたわけです。

「栄養のあるものを、適度に」が、一番効果的で、健康的なんですよ。

 

重要なので、もう一度繰り返しましょうか。

情報はあればあるほどいいわけではありません。「栄養のある情報」を適度に取ることが、心が豊かになることにつながります。

人間関係はあればあるほどいいわけではありません。「栄養のある人間関係」を適度に取ることが、幸せにつながります。

お金を得るための手段は、あればあるほどいいわけでもなく、働けば働くほどいいわけではありません。「栄養のある手段」を適度に取ることが、お金がたくさん入ってくる道につながります。

知名度を高めるには、宣伝すればするほどいいわけではありません。「栄養のあるつながり」を適度に取ることが、知名度を上げる道につながります。

 

その「栄養のあるもの」を知りたければ、一度その執着を手放しなさい、ということです。

本当に良質な情報、自分を満たしてくれる情報が欲しければ、情報への執着を手放しなさいと。

人間関係でも、お金でも、知名度でも、一度その執着を手放すことです。

いったん離れることができれば、冷静に「これは毒だ」、「これは無意味だ」、「これは私を豊かにする」っていうのが判明できるようになります。

そして、「あ、こんなに頑張らなくてもいいんだ」と分かった時、初めて「健康的な『それ』との付き合い方」が分かります

体によい食べ物を選び、適量を食べることで、何でも食べまくっていた時期よりも、元気になって健康になってパワーも出ます。

だったら、あれほど固執して頑張ってもできなかったことが、するするーっと簡単に現実のものになります

すなわち、うまくいく流れに乗ることができるようになる、ということです。

 

まとめ

うーん、この心理メカニズム、分かりますかね?

自分の中に「○○しなきゃ、生きていけない」っていうものがあった場合、それはアメリカ人の肥満児と同じだと思えばいいでしょう。

「食べなきゃ、死んじゃう」っていう恐怖と同じってことですね。

それを理解できると、よりゆったりと、人間らしい強さを持って、生きることができるようになるんじゃないかと思います。

 

私は劣等感を解決した後に、いろんなことを手放し始めました。

言うなれば、過去から受け継がれた「苦しみの清算」ですかね。

「もうここいらで、苦しみを背負い続けるのは終わりにしよう」と、決めたわけです。

で、そのたびごとに、恐怖がわき上がっても捨ててみる、ということをし始めました。

一時的な損になってもいいから、作り上げたものを失ってもいいから、過去を一度、全て精算しようと。

それは同時に、私が今まで積み上げてきた「虚像」を、全て壊すことをも意味しています。

言うなれば、「ありのままの自分になる」、「嘘で取り繕った自分は捨てる」ということですね。

 

すると、どんどん苦しみを精算できて、過去から解放されました。

過去のしがらみから解放されれば、後は、今と未来しかありませんからね。

ようやく真っ白になって、新しい生き方ができるようになった、そんなイメージです。

 

我ながら、ここ数ヶ月の変化は、すごいことになってます(笑

実はまだまだ衝撃的なことは起こっているんですが、それはまたいつかお話しましょう。

ってことで、今日はここまで~。

By | 2016-11-29T09:03:59+00:00 2014年 10月2日(木)|心理学|こだわりを手放す、というお話(「情報断食」をやってみたら、こうなった:その2) はコメントを受け付けていません。