今日の記事はきわどいタイトルですが、私が書く内容なので、見える人にも見えない人にも配慮しているので、ご安心くださいませ。

まぁ、ちょっと現実的なお話をするので、「幽霊がいて欲しいな~」という方は見送った方がいいかなと思います。

ということで、スピリチュアル本リリース記念、スピリチュアルをすっごい否定してしまいそうな勢いではありますが、「霊」についてお話してみましょうか。

 

「霊が見える」は、ほとんど統合失調症

もう5年以上前にもなるかと思うんですが、書店でふと、ある本を手に取ったんですよ。

それは、「幽霊が見える」という人のコミックエッセイで、幽霊と一緒に過ごす毎日がおもしろおかしく書かれている本だったんですよね。

で、興味半分で立ち読みしてみると、もうびっくりだったんですよ。

その本の人(著者)の症状が、完全に統合失調症の症状だったんですよね。

もう私は混乱したわけですよ。

「え? これって完全に統合失調症の典型例でしょ。誰も気づいていないの?」みたいな。

 

私の感覚では、「霊が見える」という人の大半は統合失調症のように思えます。

もちろん全てがそうではないでしょうが、だいたい「霊が見える」という人の話や本を読む限り、統合失調症から外れてはいなかったので、かなりの率かなと思ったりもします。

私の中では、95%以上ぐらいですかね。

一部の人に限って言うと、本当に私も理解不能な現象があるにはあるので、100%統合失調症であるとは言えません。

 

統合失調の原理

で、その統合失調ということから、まずは説明してみましょうか。

私たちの脳というのは、何かを認識する際には、側頭葉に保存されている記憶の中から情報を毎回毎回取りだして認識しているんですよ。

そして「これはこういう特徴があるから机だ」、「これはこういう特徴があるから田中さんだ」と判断しているわけです。

過去の記憶にしてもそうで、「過去そのもの」という情報は脳内には保存されてないんですよ。

「私が高校生の状態」、「公園」、「田中さん」みたいな個別の情報が脳内に保存されていて、思い出す度に、「私が高校生の頃、公園で田中さんと会った」と、個別の情報を一つの文脈にまとめているわけです。

この「個別の情報を一つにまとめる」ことを、「統合する」と言います。

過去がまるまる保存されているわけではないんですよね。

つまり私たちは、常にその瞬間その瞬間で、個別の情報を選び出して統合して、認識をしているわけです。

 

ですが、実は脳は現実と妄想の区別はつかないものなんですよ。

私たちの脳は、現実と空想をよく誤認してしまいます。

私たちだって、小説を読んでいたり、映画を見ている時は、ハラハラドキドキしたり、手に汗を握るでしょ。

もし「これは架空のものだ」と認識していれば、非現実なものに対してドキドキしたりなんかしませんよね。

架空のものだと分かっているはずなのに、脳はその違いを理解できないわけです。

だから、全くの「文字だけ」みたいな小説でも、脳内で場面を想像して、ハラハラドキドキして、感情移入できるんですよ。

少し前の記事(「未来への不安」は妄想でしかない、というお話)でも触れましたが、私たちは日常的に、現実と妄想をごっちゃにしてしまっているものなんですよ。

 

で、その中でも特に、脳の配線ミスによって、統合を失敗しがちな傾向にある人がいるものです。

そういう人は、イメージしてしまったものが、脳内でダイレクトに「これは視神経からの情報」みたいに誤認して脳に渡してしまうことがよくあります。

視神経だけでなく、聴覚や触覚からなども誤認してしまうこともあるでしょうが、ここでは視神経で考えてみましょう。

すると、「あそこに何かいるかも」と不安に思うようなことがあると、頭の中で恐怖のイメージを思い浮かべます。

そしてその恐怖の象徴が幽霊とかだったら、幽霊がその場にいるようなシーンを頭の中で想像してしまうんですよ。

 

普通の人ならそれは脳内のみで処理されるイメージなので、目では見えないものです。

ですが、統合に失敗すると、そのイメージが「これは視神経から来た情報です」と脳に伝えてしまうわけです。

すると、その人は「実際に幽霊がそこにいる」と視覚的に感じてしまうわけです。

それは本人からすると、本当に「見えている」んですよ。

実際に視神経からの情報だと処理されてしまっているわけですから。

つまり、「『小説を読んで興奮する』のすごいバージョン」だと思えばいいでしょう。

なので、より正確に言うと、「統合を失敗する」と言うよりも、「統合をしすぎる」と表現するのが適切でしょう。

 

言うなれば、私たちはみんな「軽度の統合失調症」なんですよ。

統合レベルの変更は、誰にでも起きうるもの、というよりも、日常的に起きているものです。

ただ、その中でも、特に統合をしすぎる人がいるわけで、そういう人がイメージを通して「霊が見える」と感じてしまうわけですね。

だから、「霊が見える」っていうのは、別に何か頭がおかしくなっているとか、そういうんじゃないんですよ。

思考回路そのものは、普通の人と何ら変わりありません。

統合も正常にできています。

ただ「統合しすぎる」だけで、それが過剰反応を生んでしまっているわけです。

 

「霊が見える」人が統合失調だと証明する実験

で、「霊が見える」というほとんどの人が統合失調症だと証明するには、以下のような実験をやってみるといいでしょう。

おそらく、ほとんどが統合失調であると分かるかと思います。

 

(実験1)霊が見える人が複数人で、一つの霊を見て姿を抽出する

もし「霊がいる」のであれば、霊が見える人にとっては、そこにれっきとした形が見えているはずです。

ならば、複数人の「霊が見える人」を集めて、互いにコミュニケーションを不可能な状態にして、一つの霊を見てもらいます。

そして、それぞれの人が「こういう特徴があった」と描いてもらい、まとめます。

もし霊がいるのであれば、全員がほぼ似たような特徴を描くでしょう。

私の予想では、ほぼ間違いなく全員同じ姿になる、ということはないかなと思います。

それを何度も繰り返すと、「同一のものが見えている」という事実はなくなって、すなわち「自分の脳内イメージを見ている」ことが証明できます。

 

(実験2)霊が見える人で、その人が知らない世界観の霊を見てもらう

もし「霊がいる」のであれば、霊が見える人を、海外の別の国、別の文化圏に連れて行きます。

ただし、その霊が見える人にとっては、全く知らないようなマイナーな文化圏です。

そこで、現地の霊を見てもらいます。

もしその人が霊が見えるのであれば、その現地の霊は、現地の幽霊っぽい姿をしていることでしょう。

何も知らない文化圏の幽霊の姿を、きちんと言い当てられるはずです。

私の予想では、ほぼ間違いなく「日本から着いてきた霊」、もしくは「知っている文化圏の霊」が見えるのではないかと思います。

これによって、「知らない霊は見えない」、すなわち「実際に見ているのではなく、記憶を見ている」ことが証明されます。

 

これらの実験で、「霊がいる」のではなくて、「統合失調だったんだ」と理解できるようになるかと思います。

 

霊が見える人にとっても、統合失調だと認識する方がいい

とはいえ、「霊が見える」という人にとっては、「人には見えないものが見えてしまう」という現象が起きてしまうことには変わりありません。

周囲との意思疎通の障害や、それに伴う自責の感情、世間からの偏見や反応などを想像すると、その苦しみたるや、察するにあまりあるものです。

特に、一番信頼して欲しい家族や友人たちからも変な目で見られてしまうということは、とてもつらく哀しいことです。

統合失調と分かったところで、現在では確固とした統合失調症の治療法があるわけでもありません。

だから、呪術的な方法論であったり、宗教的な方法論に頼らざるを得ない、という気持ちはとても分かるものです。

 

ただ、「統合をしすぎている」という事実に気づくことで、「これは脳が見せている幻覚だ」と理解して、それによって対策することもできるのではないかと思います。

この原理は、先にも紹介した記事(「未来への不安」は妄想でしかない、というお話)と同じです。

「脳が勝手に作った物語」を「現実」とごっちゃにしていると認識することで、「霊」に対する思考の罠から抜け出せるのではないかなと、私なりの対処法を提案してみます。

 

霊が見えない人にとっても、統合失調だと知る方がいい

で、「霊が見えない人」にとっても、「あの人は脳内で統合を失敗しているんだ」と理解することで、変な偏見や不可解な恐怖から解放されるのではないかと思います。

人にとっては、「何を考えているのか分からない人」っていうのが、一番の恐怖ですからね。

ですがそこで、「あの人は、統合をしすぎているんだ」と分かれば、行動要因が理解できるでしょ。

すると、その人が理解できるようになるんですよ。

だったら、変な差別感とか、近寄りがたさとか、消えますよね。

 

で、統合失調だと分かっていれば、霊が見えない人は、「霊が見える」という人の言葉にいちいち惑わされなくなります。

霊を見る人が、陰気な人とかをよく見当てるのが得意なのは、「マイナスセンサー」みたいなものがあるからなんですよ。

人は、プラスのことよりも、「マイナスにならない」ことを重視します。

メリットよりもリスクを重視するわけですね。

だから、不安を抱えた人ほど、リスクを重視して「マイナスを見る」ようになってしまうものです。

すると、霊が見える人って、霊を見ることにおびえるので、おびえればおびえるほどそれが目につくようになり、結果として「リスク(マイナスの面)を見つける達人」になってしまうものです。

そうして、霊が見える人のマイナスセンサーが鍛えられて、ことあるごとに「なんか負のイメージがする」と感じると、自動的に霊を映し出してしまうわけです。

 

それは、人に対しても向けられます。

霊が見える人が誰かに「貴方、霊がついているわ」と言うと、まぁその人が相手に「何か負の感情を感じた」ということです。

ですが、考えてもみてくださいよ。

その霊が見える人って、直接その人に「あんた、欠点あるよ」と、長所ではなくて欠点を指摘しているわけです。

私のブログや本を見てくださってる方なら分かると思いますが、欠点を是正しようとすると、そりゃ苦しくなりますよね。

欠点は長所の裏返しですからね。欠点は長所なんですよ。

それに、「欠点があるわ」って面と向かって言う人とは、付き合いたくないでしょ(笑

なので、そういう人を不安にさせるような「霊が見える人」は、「あぁ、統合失調症なんだな」と思えば、変に引っかかることはなくなります。

 

まとめ

そういうこともあって、「霊が見える」という問題に対しては、見える人も見えない人も、「統合失調症だ」と考えることが、一番現実的でよさげな解決策ではないかなと思ったりもします。

スピリチュアル本を出した人がこんな風に言うのも何ですが(笑

 

あ、別に霊がいると思っている人はそれでいいので、それはそれでいいかなと思います。

私も、妖怪が出てくるような物語とか、幽霊が出るような映画って好きですしね。

 

ま、そんな感じで、今日は霊についての現実的なお話してみました。

ってことで、今日はここまで~。