今日は、昨日に引き続き、心理のお話をしてみましょう。

「仮面は付け替えていい」と知ることで、自由になれる、というお話です。

 

(昨日のおさらい)自分の長所や欠点が見えにくい理由

まずは、昨日のおさらいをしておきましょう。

よく、「自分の長所や欠点は見えにくい。でも、他人の長所や欠点は見えやすい」って言いますよね。

実際に、隣の芝の青さとか、隣の人の欠点ほど気づきやすいじゃないですか。

でも、自分のこととなると、とたんに気づかないものですよね。

自分が思っている自分の長所と、他人が見ているその人の長所は、往々にして違うことがあるわけで。

 

それはなぜかというと、「この人に見せる自分」というのは、ほとんどの場合、自分の一側面しか見せていないからですね。

私たちは時と状況に応じて、そういう仮面をかぶって、「見せる自分」を無意識で切り替えています。

だから、「他者から見た自分」というのは、結構画一的で分かりやすい性格だったりします。

 

でも、他者が見ているのは「仮面」という一側面であって、実際は違うんですよね。

自分の内部を見てみると、そんなに簡単ではないと。

自分の中にはいろんな矛盾する感情があって、一概に「私はそういう性格だ」とは言い切れないと分かります。

これが、「自分の長所や欠点は見えにくい。でも、他人の長所や欠点は見えやすい」という現象を引き起こす原因です。

 

「仮面は付け替えていい」と知ることで、自由になれる

で、これが分かれば、より自分に合った生き方を作れるようになります。

それが、「仮面は付け替えていい」と知ることで、自由になれる、という今日の本題ですね。

 

先に説明したように、私たちは人と接する場合、何らかの「仮面」をつけます。

心理学用語で、これを「ペルソナ」とも言うんですが。

ここでは、私たちはいくつもの仮面を持っていて、接する人によって仮面を付け替えているとします。

 

で、より自由に、生きやすい生き方をしたい場合、「仮面を付け替えていい」と知ることじゃないかな、と思います。

多くの人が、「私はこういう人だ」と思い込んでいて、自分を変えられないと思っているんですよ。

で、多くの場合、その「自分」とは、「仮面」を指して言っています。

それはただの仮面でしかないのに、自分だと思い込んでしまっているわけですね。

だから、本来の自分と仮面との差が大きくなると、息苦しくなるわけです。

 

ちなみに、よく「仮面を外そう。仮面はよくない」とか言いますが、仮面そのものは悪いものではありません。

だいたい仮面そのものは、社会で周囲と調和して生きていく上では必須です。

そうではなくて、「仮面が自分に合っていないこと」、そして「自分が仮面をしていると気づいていないこと」、「仮面を付け替えてもいいことを知らないこと」、「仮面を自分で作り変えられることを知らないこと」が、よくないんですよね。

 

どんな仮面をつけても、結構なじむ

実は、どんな仮面をつけたとしても、結構当てはまったりするんですよ。

これを象徴するようなお話があるので、一つご紹介してみましょう。

 

私は大学時代に、大学祭で「コンピュータ占い」というものを作って展示したんですよ。

「生年月日を入れれば、一意に結果を決める」というベースプログラムはできていたので、私は文章だけを書いて仕上げたわけですが。

まあ、今で言う診断メーカーです。

中身はもちろん、思いつきで書いたようなデタラメです(笑

 

でも、その占いは、9割以上の人から「当たっている」とか「すごかった」と言われて、好評でした。

なら、なぜそんなに「当たっている」と言われたのかというと、私は次のような書き方をしたからなんですよね。

それは、「貴方は○○という性格です。でもその反面、それとは正反対の△△という気持ちも持っていて、悩んでいます。そんな貴方には、こうすることをおすすめします」という書き方です。

この書き方だけで、ほぼ万人に当てはまる診断結果にできたと。

 

人はそれほど、心の中で矛盾した、背反する感情や欲求を持つものなんですよ。

だから、これが「自分の長所や欠点が分かりにくい」という感覚をもたらすわけです。

「私は、これがうまいのが長所だ」、「私はこれが大好きだ」と思っても、必ず「そうとも言い切れないよなぁ」という反面性を持つものです。

 

人は、どんな仮面でも持てる

なら、これを逆手に取れば、「人はどんな面(仮面)でも持てる」ということです。

すなわち、人はどんな「自分」にもなれる、ということですね。

仮面は、付け替えていいんだ、ということです。

 

実はみんな、そういう「変身」が大好きなんですよ。

変身とは、「他者から見える自分の姿」が変わることです。

それが変わることで、「新しい自分の形」を知って、可能性を広げるわけです。

 

私は中学時代に、体育祭か何かで、クラス対抗の仮装大会で仮装する役に選ばれたことがあります。

なぜかルパン三世の石川五右衛門役だったんですが、長髪のカツラをつけて、袴姿で、剣の代わりに剣道部の竹刀を持って行列に参加したんですよ。

周囲のクラスメイトからは、男女共々「(似合わない的な意味で)似合っている!」と、大ウケだったんですが。

でも、私にとっては「こういう自分もいるのか」と新鮮でしたからね。

コスプレにはまる人の気持ちが、分かったというか。

 

テレビとか雑誌でも、地味な女性を選んで、一流ファッションデザイナーやメイクアップアーティストが手を加えて、見事に変身させる、みたいな企画とかありますよね。

ああいうのも、「他者から見える自分」を変えることで、新たな自分の側面に気づくわけです。

「ああ、私は今までこういう人だと思っていたのに、こういう新たな側面もあるんだ」

……みたいな。

 

違う側面を出せると、自分の中で新たな許可を出せる

言うなれば、「こういう側面を出していいんだ」と気づくことで、自分の新たな可能性に気づくわけですね。

どちらも、仮面を変えたのと同じようなものです。

仮面を変えた瞬間、自分の新たな可能性が開けるわけですね。

実は、どんな側面を出しても、「自分」なんですよ。

ただ、慣れているかどうかの問題で。

 

すなわち、「仮面」はいろいろ付け替えていい、ということです。

そうすることで、自分の新たな可能性を知って、自分の中で「こっちに行ってもいいんだ」という許可を出せるようになります

 

言い換えると、現状から出たい場合、仮面を付け替えることを考えてみるといいかと思います。

周囲に対しては、「私はこの人に対しては、こういう側面を出す」という仮面を持っています。

そのためにも、まずはその仮面の存在に気づくことですね。

そして、その仮面は変えてもいいと気づくことです。

 

まとめ

仮面の存在に気づければ、それを変えることもできます。

そうして、「私はこういう自分もアリなんだ」と可能性を見つけて、新たな道を選ぶことができます。

 

逆に、「私の長所はどういう点か」というのは、あまり身近な周囲にいる人には訊かない方がいいように思います。

というのも、身近な人ほど、「その人の現状」という仮面を強いるからですね。

その仮面をつけている限りは、現状は変りにくいものです。

むしろ、診断メーカーでも予測変換診断でも、まるっきりデタラメな方を信じる方がいいでしょう。

その方が、新たな可能性に気づける確率が多くなります。

 

ただし、仮面を入れ替えると、今までその仮面を見ていた周囲の人は戸惑います。

そして、周囲は必ず「昔の仮面」を求めるものです。

その場合、新たな人たちと付き合うことで、新しい仮面に慣れていくのもいいかなと思います。

 

ということで、今日は「仮面は付け替えていい」と知ることで、自由になれる、というお話をしてみました。

今日はここまで~。