今日も生き方のお話です。

続けるかやめるのか、どういう基準で判断すればいいのかを、私なりに語ってみることにしましょう。

 

続けるべきか、撤退するべきか

先日、こういう質問をいただいたので、ご紹介。

「継続するべきか/しないべきかの見極め」についてです。

自分の作品は閲覧数やブックマーク数が雀の涙ですので、心が折れて投稿を止めてしまいました。

投稿サイトやTwitterでも公開してみましたが、悲しくなるくらい反応が無かったので、アカウントごと消したりもしました。

 

「ニッチ向けといってもある程度は数字が必要なんじゃないか」とよく考えてしまいます。

「単純につまらないから数字が低い」を「ニッチ向けだから」と勘違いしてしまっていたら悲惨だな……と。

中村さんの中で「これは継続していこう」という見極めはどういうところでしているのでしょうか。

 

簡単に言うと、「作品を出しても売れないどころか、見てもらえさえもしない。続けるかやめるのか、どういう基準で判断すればいいのか」ということですね。

 

どういう判断で続行を決めるのか

いやもう、このブログを見ている人からは、「まさに!」と共感する人が多いかもしれませんが(笑

実際に、頑張って作って公開したのに、反響がまったくないと、哀しいですよね。

私自身、過去の作品で「自信を持って出したのに、まったく鳴かず飛ばずだった」みたいなことはよくあります(笑

 

そういう場合、どういう判断で、続行か撤退かを決めるのか

で、今回は表面的な答えと、少し心理に踏み込んだ答えの2つがあります。

 

表面的な答えは、「私の場合、手段を多く用意して、一番売れそうなものから出してゆく。手応えがなければ即座にやめる」です。

踏み込んだ答えは、「時が来れば、嫌なことからは自然と離れられますよ。だから無理に今すぐ決断する必要はありませんよ」ということです。

 

私の場合、何を基準に作品を作るのか

まずは、表面的な答えから。

私の場合、何を基準に作品を出すのかというと、「山ほどある『作りたいもの』の中で、最も売れそうなもの」からリリースしてゆきます

 

だから私の場合、最初から数字を狙うわけですね。

もちろん、その前提には「作りたいもの、作れるもの」という条件はありますが、その上で「最も売れそうなもの」を選ぶと。

私はニッチ向けですが、当然のように売れるものを狙います。

 

「売れる」というのは、世の中に価値を残せること

というのも、「売れる」というのは、それだけ世の中に価値を残せるものです。

私の中では、「人生で、最も価値を残せる生き方をしたいな」と考えてます。

なら、もし自分に個性があるのであれば、自分の個性を殺すよりも、個性を生かす方が、長期的にはより特殊で高い価値を作れそうだと分かります。

 

そして私の場合、「売れる」には、お金だけでなく、感謝や喜びの声とか、お礼の物品だったり、ファンだったり、応援してくれる人たちの存在も含まれます

私はそういう「自分にとって、物質や価値観、内面も含めて、トータルで豊かさを得られること」を、「売れる」と表現しています。

裏を返すと、「お金も感謝もお礼も充実感も、何も得られない活動」を続けるのは、私にとっては狂気の沙汰のように感じます。

 

「ニッチで売れないもの」は、ニッチではない

少し表現を変えると、「ニッチで売れないもの」なんて、それってニッチではない、ということです。

そもそも「売れないもの」は、メジャーにもニッチにも属しません。

分かるでしょ、この理屈(笑

 

メジャーとニッチは、売る形式(お金や感謝、お礼や充実感などの、豊かさを得る形式)が違うだけです。

メジャーは「多数派に短期で大量に売る」というスタイルで、ニッチは「少数派に長期で安定的に売る」というスタイルです。

 

「ニッチだからと、売れない物を作る」はない

なので、「ニッチだからとごまかして、売れない物を作り続ける」というのは、私の中ではありません

そういう「売れないもの」は、「趣味として楽しむか、先行投資としてやるか」という、「売るよりも、さらに前段階の話」かなと思います。

 

そして趣味でやるにしても、私たちは未来への強い可能性を感じるから、「面白い」と楽しめるわけで。

だから、「可能性も感じられずに、何も得られそうにないつまらない活動を、趣味や先行投資として続けること」も、私にとっては同様に狂気の沙汰のように感じます。

まぁそれでも我慢できる人はいるんでしょうけど、私には耐えられないな、という感覚です。

 

手応えを元に判断する

簡単に言うと、私の中では「やってみて、手応えや実感が得られないなら、さっさと撤退」ということですね(笑

先細りになっても、可能性が見えなくなっても撤退です。

 

逆に、うまくいくものは、「これはいけるかも」という手応えがあります

ごく少数の人たちから圧倒的な感謝を得られたり、もしくは地味に売れ続けたり、少し待てば飛躍するタイミングがあったり。

 

だけど、その辺の手応えがなく、自分自身も可能性を感じられないものは、さっさと撤退です。

まぁ、これが表面的な答えです。

 

もう少し踏み込んで考えてみる

で、少し踏み込んだ話をしてみましょう。

質問者さんは「多くの人に見てもらえないから、心が折れた」ということは、そういう作品を作ること自体が、苦痛なわけですよね。

もし作ること自体が楽しければ、趣味として続けることもできるんですから。

 

これは私の推測ですが、文面から察するに、質問者さんは「今のような作品作りをやめたい」と感じているんじゃないかな、と思います。

今のような作品作りでは、手応えもなく、頑張っても反響がなく、自分も可能性を感じられなくて。

「お金を得られないどころか、お金を払ってでも、今のような作品作りを続けたいか」と問われると、「それなら絶対にやらない」と答えるんじゃないかな、と予想します。

 

レールの上と、レールから外れる生き方

もしそういう場合、質問者さんは「もうやめてもいいよ」という許しを得たいんじゃないかな、と予想したりもします。

「君は頑張った。もう十分やったよ。その作品作りをやめても、誰も君を責めないよ」と、自分以外の誰かから認めてもらいたいんじゃないかな、と。

 

で、そういう許可を、周囲の人から得て行動するのが、レールの上を進む生き方です。

一方で、周囲からの許可ではなく、自分で判断して生き方を決めるのが、レールから外れて生きる生き方です

最初ほど自分で判断するのは苦しいんですが、一度自立すれば後は楽になれます。

 

そしてこれは、どちらでも大丈夫です。

どちらでもメリットとデメリットがあるので、好みで決めればいいかと思います。

 

「まだ時ではない」と思うのもよさそう

それで、おそらく質問者さんは、「レールの上から離れたいけど、離れられない」という状況なのかな、と私は予想しています。

もし離れられるなら、深く悩むことはありませんからね。

 

その場合、「まだレールの上から離れる時ではない」と思うのもよさそうに思います。

言い換えると、「時が来れば、嫌なことからは自然と離れられる」ということです。

 

周囲の価値観を裏切ると、周囲から助力を得られなくなる

なぜ「お金も感謝もお礼も充実感も、何も得られない活動」を続けるのかというと、それにこだわるだけのメリットがあるからのように感じます。

だって、レールの上に居続けると、少なくとも「短期的には生き延びられる」という強いメリットがありますからね。

自分が行き詰まった時でも、周囲の価値観に従っていれば、温情で助けてもらえます。

 

でも、レールから外れると、いきなり行き詰まる可能性もあるし、周囲の助力を得られなくなる可能性もあるわけで。

だいたい、「私はもう、嫌なことはやらないよ。我慢をしないことにした」なんて周囲に公言すると、周囲の「嫌なことを我慢して続けている人たち」から反感を買うでしょ(笑

そこで、もし私たちが独自の道に進んで失敗すると、レールの上にいる周囲からは「ほれ見たことか」と嘲笑されて、助けを得られなくなります。

すると、見捨てられて死ぬ可能性だって出てくるわけで。

 

同時に、質問者さんは、独立してやっていくだけの力を、まだ得られていない状態かなと。

そういうメリットとデメリットをきちんと判断できているから、「今はまだ、レールの上にいる方がいい」と判断しているんじゃないかと思います。

だから、周囲の「我慢して続けなければならない」という価値観を手放せないんじゃないかな、と。

 

メリットを適切に把握しよう

それは、自分で「まだその時ではない」と理解していることになるし、それでいいように思います。

重要なのは、準備してゆくことですからね。

そして、「今の状況でも、メリットはある」とメリットの大きさを理解できると、少なくとも「引き裂かれるような悩み」からは解放されて、準備に集中できるように思います。

もしそのメリットを見つめて、「固執するだけのメリットはない」と分かれば、自然と動き出せます。

 

それが、動き出すタイミングかな、と思います。

本当にそういうタイミングというのは、「あ、時が来た。離れるタイミングだ」と、迷いもなく進めます。

だから時が来れば、嫌なことからは自然と離れられます。

 

まぁもちろん、私たちは未来を見通せるわけではないので、「思い切って飛び込む」という状況も多くありますけどね。

それでも、「いけそう」とわずかながらでも可能性を感じられるから、飛び込めるわけで。

 

まとめ

なので、「時ではない」と感じているのであれば、「我慢しなきゃ」というデメリットだけでなく、メリットもしっかりと把握する方がいいように思います。

なら、「メリットはある」と、少なくとも引き裂かれるような悩みからは解放されるかなと。

 

すると、より小さなレベルから「続けること」よりも「可能性を模索すること」に集中できて、いろいろ変えて試せるかもしれません。

 

ちなみに、「誰にも響かないし、売れないもの」は、ちょっとしたコツで回避できます。

それについては、明日か、また後日に語ることにしましょう。

 

ということで今日は、「続けるかやめるのか、どういう基準で判断すればいいのか」について、私なりに語ってみました。

今日はここまで~。

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