今日は、作品作りについてのお話です。

「作品を作ったのに、誰にも響かないし、売れない」を回避する、一つの簡単な方法について、お話ししてみましょう。

 

「作品を公開したのに、反響がない」という問題

おとといの記事で、「作品を公開したけど、哀しくなるぐらい反響がなくて、落ち込んだ」という内容を紹介しましたよね。

投稿サイトとかTwitterで公開しても、全然見てもらえずに、それでやめちゃった、みたいな。

 

こういうことって、ちょいちょい見かけるように思います。

実際に「売りたい」と思って公開して、それで反響がなければ、落ち込みますよね。

 

なぜ「反響がない」を回避できるのか

ちなみに私の場合、生まれて初めて作った作品(イラスト集)は、そういう「まったく反響がない」という結果でした。

でも、2つめの作品(自作ゲーム)からは、そういう「きちんとした作品を出して、まったく反響がなかった」というのはなかったりします

 

いや、もちろん小さなことでは、よくあるんですけどね。

例えばこのブログ記事でも、「こういう内容はどうだろう?」と試しに書いてみて、全然反響や手応えがなくて、「こういう方向はダメだな」とやめることはよくあります。

それとか、時間をかけて作ったものでも、「ごく少数からは熱狂的に支持を得られたけど、全体では全然売れなかった」ということも、よくあります。

 

だけど私の場合、2作目以降は、小さくとも必ず反響はある結果でした。

もちろん、全体では予想よりも売れないことは多くあります。

でも、必ず1~2人程度は「最高でした!」とか、「素晴らしい!」と、強烈にハマってくれる人がいたり、リリース前から「楽しみにしています!」という人も、常にいて。

それは、固定ファンができる前の、ファンもほとんどいなくて、地味な制作をしていた時期からそうでした。

 

どうすれば「反響がない」を回避できるのか

じゃあ、どうすればそういう「きちんとした作品を出して、まったく反響がない」という状態を回避できるのか

今日はその一つのコツについて、お話ししてみましょう。

 

これはとても単純で、「自分が感動した作品を利用する」ことです。

これは、作品を作る段階でも、作品を売る段階でも、どちらでも効果的になります。

 

「自分が感動した作品」の構造を利用する発想

まずは、作品を作る段階でのお話です。

作品を作る段階では、「自分が感動した作品」の構造を利用することで、全体像を作りやすくなります

簡単に言うと、構造をパクることで、仕上げやすくするわけですね(笑

 

作品には、何かしらの感動ポイントとか、味わうポイントがあるものです。

そしてそれを味わってもらうために、一連の構造があると。

例えば漫画や小説では、「こういう主人公が、こういう出来事を経て、こういう結末になる」みたいなストーリー構造があるでしょう。

アクションゲームなら、操作性とか、武器の個性とか、体力バランスとか、難易度が上がっていく流れとか、そういう「アクションを楽しむ流れ」があるでしょう。

そういう構造があるから、感動や楽しみをうまく味わえるわけです。

 

でも、「作品を最後まで仕上げられない」とか、「誰にも響かない」という場合、その構造ができていないことが多いんですよ。

ストーリーで言うと、思いついているのが冒頭部分やワンシーンだけだったりして、「一つの作品」になっていないわけです。

アクションゲームで言うと、武器の個性しか思いついていなかったり、敵のビジュアルしか思いついていなかったり。

 

構造を流用することで、全体像を作りやすくできる

その場合、自分が感動した作品の構造を使えば、簡単に全体像を構成できます

「私の作品では、あの作品をこういう世界観に変えて、クライマックスをこうしよう」みたいなイメージです。

そんな風に、何かの基準があって、それを元に調整すれば、楽にしっかりした形で実現できます。

 

この「他作品の構造を利用すること」と「オリジナリティを加えること」は、矛盾しません

というのも、感動作でもさらに「自分なりの改良点」はあるからですね。

「あの作品は本当に感動した。あの作品ではこういう内容だったけど、私の場合はこういう展開のものが最高なのに!」と、不満を持ったり、自分なりの表現をしたいことって、あるものです。

 

感動作だから、エネルギーも出る

むしろ感動作ほど、「こうすれば最高なのに! なんでそうならないんだ! だから自分がそういうのを作りたい!」と、強烈なエネルギーが出てきたりするものです。

実際によくあるでしょ、「感動作に触れたら、自分もああいう作品を作りたくなった」みたいなことが(笑

 

なら、構造を利用した上で、「まだ世の中にないもの」を加えれば、十分に新しいものを加えた作品になります。

そして、その「感動作に触れたエネルギー」で、勢いで最後まで仕上げてしまうようなイメージです。

すると、作る段階においては、構造としても、モチベーションとしても、効果的になると分かります。

 

売る段階でも効果を発揮する

そしてこの「自分が感動した作品を利用する」ことは、売る段階でも効果を発揮します

自分が感動した作品は、「これがよかった!」とSNSでなり、ブログでなり、どんどん公開するといいんですよ。

 

というのも、そうやって情報発信していると、同じような感性の人が集まってくるからですね。

すると、今度は自分が作品をリリースした場合、「こういう作品と似たようなイメージです」と、有名作品に関連づけて紹介できます。

同時に、私たちはその有名作品のファンとつながっているので、「似たような作品が出た」とそのファンに告知できます。

 

ニッチで供給が乏しいほど、人々は喜んで買ってくれる

例えばプリキュアと漫画が好きな場合、プリキュアと漫画についてSNSで「これが感動した!」と語ると、同じような「プリキュア好きで、漫画も好き」という人たちが集まります。

すると、そういう有名作品と似たような作品で、自分なりのオリジナリティを加えたものを出せば、すぐにそのお客候補たちに作品を告知できます

 

なら、その業界がニッチで供給が乏しいほど、「待ってました!」と、人々は喜んで買ってくれます

そして、作品は似たような構造なので、作り手が味わい方を細かく説明しなくても、お客はすんなり楽しみ方を理解してくれます。

SNSで情報発信をしているので、共感もしてくれるし、感動ポイントも理解してくれている人が集まっています。

だから、とても楽に「味わってくれるお客」や「多くは売れなくても、ごく一部でも、熱狂的に喜んでくれる人」を得られるわけです。

 

「売りたい」だけの人は、つながっているファンがいない

裏を返すと、「売りたい」だけで作ってリリースした人は、こういう「つながっているファン」がいないんですよ。

だから、「作品を作ってみて、告知してみました。でも誰にも見てもらえずに、売れるどころか、反応の一つもありませんでした」となると。

 

その上、「売りたい」と思うから、供給が少ない業界ではなく、供給過剰な業界に参入します。

なので参入しても歓迎されないし、比較されて、「こんなクオリティの低い作品はいらない」となりやすいわけです。

 

ひょっとすると、その背景としては、「自分が本当に好きなことは、表に出してはいけない」という思い込みがあるのかもしれません。

人によっては、過去に好きなことを否定されて、傷つけられたこともあるかもしれません。

実際に、大好きなものを、周囲から「そんなのつまらない作品、なんで好きになるの?」とか、「そんなものを好きだなんて、お前は異常だ」とか言われると、ショックでしょ。

それは、そういう「自分が感動した作品」を否定されることは、自分の価値観を否定されることになるからで。

 

傷ついた人ほど「自分の感性をさらけ出すこと」ができない

すると、「これが好き!」とか「この作品、最高!」とか言えなくなるんですよね。

SNSでも、傷ついた人ほど「自分の感性をさらけ出すこと」ができません

「影響を受けた作品を公開すると、構造をまねているとばれて、批難されるし、売れない」とおびえてしまうわけです。

実際は、「影響を受けた作品を公開するほど、その構造好きなファンが集まってきて、喜ばれて、売れる」なのに。

 

劣等感を持つ人は、そういうこじれた認識を持ちやすいものです。

「完全なオリジナルでなきゃダメ」とか、「ゼロから生み出さなきゃいけない」、「作り方は独自で見つけなきゃいけない」、「我慢して、継続して作らなきゃいけない」とか。

他にも、「自分の感性をさらけ出すと、否定される」とか、「自分が感動したものと似たような作品を出すと、比較されて批判される」みたいな。

本当は、正反対なのに。

 

だから楽しいし、売れる

実際にSNSでも、売れている人と、売れない人って、まさにそういう違いが多いでしょ。

売れやすい人は、例えばプリキュアと漫画が好きで、「こういうのが好き!」と楽しんで、同類とつながって、わいわい楽しくやっていて。

そしてプリキュア漫画を描いたり、影響を受けたオリジナルの魔法少女漫画を描いたりして、喜んでもらって。

だから、楽しいし、輝いているし、売れるわけです。

 

そこには、「私の漫画は、プリキュアからインスピレーションを得た。それを周囲に知られたらどうしよう」なんて不安はありません。

だって、周囲はそれを知っているし、「クリエイターは、影響を受けた作品があって当然」だからですね。

だから安心して、感動したものを「感動した。この作品素晴らしい!」と周囲と共感し合って、同時に自分の独自作品もリリースしてゆけて、批判もなく、喜ばれます。

 

売れない人は、同類とつながっていない

一方で売れない人は、そういう同類とは全然つながっていないわけです。

そこには感動とか何もなく、ただ「売りたい。売れたい」しかなくて。

それでも本気で売ろうと「売れたい!」と強く願い、熱中できるならいいんですが、それほどの情熱もなくて。

だから、告知しても反響がないし、共感もされず、面白くも楽しくもないと。

 

場合によっては、もしつながっていても、愚痴を言う仲間ばかりだったりするんですよ。

すると、たまに自分の感性を出しても、逆に「なにクリエイターっぽく格好つけてるんだよ。俺たちクズ人間だろう?」と足を引っ張られたり。

 

他にも、周囲に愚痴を言う仲間を集めていると、「成功しよう」とする人は嫉妬されますからね。

だから、好きなものを出しても、「あの作品のパクりじゃないか」と批判されて、「パクりはダメだ。すべて独自のもので作らなきゃいけない」みたいに誤解します。

それは「成功をしないと決めた人たち」の嫉妬でしかないのに、「それが世の中の反応だ」と思い込んでしまうわけです。

そうして自分を出せなくなるし、喜ばれないし、不安になるしで、結局やめてゆくと。

 

まとめ

なので、「作品を出しても、まったく反響がない」というのは、ちょっとしたコツで回避できるように思います。

それが、「自分が感動した作品を利用する」ということですね。

これは、作る段階でも、売る段階でも効果的です。

 

こじれがない人は、素直に自分を出してゆけます。

普段から「これがよかった、これが感動した! そして私はこういう要素が好きなので、こういうのを出してみました!」と表現することで、共感できる人が集まっていると。

だから、やっていて楽しいし、エネルギーも得られるし、売れるものです。

 

それどころか、作品を作る前からも、「こういうのを提供したら、喜んでもらえそう」ともイメージできます。

つまり、作品を作る前から勝利が確約していると。

 

ちなみにこれは、人と無理にコミュニケーションをする必要はなくて、感動したことの情報発信だけでも大丈夫です。

そういう「自分の感動や感激を、素直に出せているか」という小さなコツが、大きな差を生むように思います。

 

そしてこれが分かると、「好きなものを作って、売れそうなものを売る」というサイクルをうまく回せるかもしれません。

 

ということで今日は、「作品を作ったのに、誰にも響かないし、売れない」を回避する、一つの簡単な方法について、お話ししてみました。

今日はここまで~。

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