今日は、私のことでもお話してみましょうか。
私と直接会ったことがある人なら、ひょっとすると感じたことがあるかもしれませんが、実は私は「人の目を見ることができない人」だったんですよ。
いわゆる、「人の目を見て話すことができない人」だったわけです。
これはもう、幼い頃からずっとこうで。
「人の目を見ることができない」場合の私なりの対処策
こういうのって、よくありますよね。
私が知っている人では、「顔がむくむ」ということですごく悩んでいた人がいましたね~。
後は、「吃音(きつおん)」、いわゆる「どもり」で、挨拶をするのでも「お、お、お、おはよう」みたいに自然とそうなってしまう人もいましたし。
私は人相見ではありますが、面と向かって目は直視できないという(笑
会話時でなくて、相手がこちらを見ていなければ、目を見ることはできるんですけどね。
ただ、私自身はそれで全然悩んでもいませんでしたし、全く問題なかったんですよ。
実際に、学生時代も会社勤め時代も独立後も、人付き合いに何ら影響はなく、信頼もされていましたし、仲間たちと楽しく過ごせてましたしね。
どうして相手の目を見ることができなくても会話できたかというと、人と話をする時は、その人の鼻か口を見るようにしたり、少し距離があれば首ぐらいを見るのでごまかしてたんですよ。
これは、高校受験ぐらいで、面接対策の講義で先生から「面接官の目を見るのが恥ずかしければ、鼻を見れば大丈夫。その程度の眼球の角度の違いなら、相手には分からない」というのを教わったんですよね。
それ以来、「そっか、それでいいんだ」と楽になって、気にしなくなって(まぁ元から気にしてませんでしたが)、それを実践し続けてます。
この工夫で、おそらく相手からすると「ちゃんと目を見てしゃべってくれている」と感じていたんじゃないかなと思います。
恐怖症は直そうとせずに、創造的な解決法を探す方がいい
こういう「なんちゃら恐怖症」みたいなものは、直そうとすると、逆に悪化するものですよね。
というのも、意識すればするほど、恐怖は増大するものですから。
直そうとすればするほど、ドツボにはまってゆくわけです。
こういう場合は、創造的な解決法を探す方がいいものですよね。
私の場合は「鼻を見るようにする」ということで問題なく過ごせるようになりましたし。
意識を「直す」方に向かわせるのではなくて、「そらす」方に向かわせると、うまくいくんじゃないかと思います。
まとめ:ちょっとした工夫で、気にならなくなることもある
まぁそんな風に、私でもそういうことはあるわけですね。
「人付き合いが怖い」という人は確かにいて、その原因が「赤面するから」とか「顔がむくむ」、「どもる」、「声が震える」、「目を合わせられない」、「人から見られるのが怖い」とか、そういう場合もあるかと思います。
私のように「相手の鼻を見る」とか、ちょっとした工夫で問題なくやり過ごせることもあるかな、とも思います。
まぁそういうのがあったとしても、別に問題なく生きていくことはできますよ、ということで、私の例をお話してみました。
参考になれば嬉しいです。