今日と明日とで、2回に分けて、人の行動と心理についてお話ししてみましょうか。

「あの人は、なんであんなことを言うんだろう」
「あの人は、なんであんなことをするんだろう」
っていうこと、ありますよね。

自分で自分の首を絞めたり、人を苦しめたり、騒いだりわめいたり、そういうことをする人というのはいるものです。

じゃあ、なぜその人はそういうことをしてしまうのか、その考え方についてお話してみましょう。

 

「子どもとの会話」に見る、子どもの欲求事例(その1)

現在読んでいる本で、いい本があったんですよ。
ハイム・G・ギノット著「子どもの話にどんな返事をしてますか?

その冒頭で、素晴らしい事例が3つほどあったので、引用してご紹介してみましょう。
ちょっと長いですが、まるまる引用します。

子どもとの会話には、独自のルールと意味がある。
子どものコミュニケーションが無邪気であることはめったにない。
かれらの伝えたいメッセージは往々にして暗号化されており、解読を要するのだ。

十歳のアンディは父にこうたずねた。「ハーレムで捨てられた子どもの数はどれぐらいなの?」
弁護士であるアンディの父親は、息子が社会問題に興味を示すのを見て、うれしく思った。
そこで、捨て子問題について長々と説明し、数字を調べて教えてやった。
だがアンディは満足せず、同様の質問を繰り返した。
「ニューヨークで捨てられた子どもの数はどれぐらい? アメリカ全体ではどのぐらい? ヨーロッパでは? 世界中ではどのくらい?」

アンディの父親はやっと気づいた。
息子が心配していたのは社会の問題ではなく、個人の問題だった。
アンディの質問は(中略)捨てられることへの恐怖から生じていた。

そして、アンディの父親は「お前を捨てたりなんかしないよ」と言うと、アンディは安心した、ということです。

 

事例その2

もうひとつの事例をご紹介しましょう。

五歳になるナンシーは、母親といっしょにはじめて幼稚園を訪れたとき、壁に貼ってある数枚の絵を見て、大声でこうたずねた。
「ここに貼ってるきたない絵、だれが描いたの?」
当惑したナンシーの母親は、あわてて険しい表情で娘を見て言った。
「あんなにかわいい絵ばかりなのに、きたないなんて言っちゃだめでしょ」

ナンシーの質問の意味を理解した先生は、微笑みを浮かべて言った。
「ここでは、かわいい絵を描かなくてもいいのよ。へんな絵を描きたかったら描いてもいいの」

するとナンシーの顔に満面の笑みがひろがった。
なぜなら、「こんなにじょうずな絵を描けない子はどうなるの?」という自分のほんとうの疑問への答えを得たからだ。

 

事例その3

ナンシー話の続きも、ついでにご紹介。

次にナンシーは、こわれたおもちゃの消防車を拾いあげ、「だれがこの消防車をこわしたの?」と訊いた。
母親は、「だれだっていいでしょう。ここには知ってる子なんかいないんだから」と答えた。

ナンシーは、実際にはおもちゃをこわした子の名前を聞きたかったのではない。
おもちゃをこわした子どもがどうなるのか知りたかったのだ。
質問の真意を察した先生は、適切にも、こう答えた。
「おもちゃは遊ぶためにあるの。ときどきこわれるものよ。消防車もそうだったの」

ナンシーは満足した様子だった。
自分に必要な情報を手に入れたからだ。
「この大人はとってもいい人だ。へんな絵を描いても、おもちゃをこわしても、すぐには怒らないもの。こわがらなくてもいいみたい。ここにいても安全みたいね」
こうしてナンシーは母親に手を振って別れを告げ、先生のところに行って、幼稚園での一日目をはじめた。

 

劣等感の強い人ほど、恐れを抱いて、自分を守る行動を起こす

ここに、人の行動心理がありますよね。
そしてこれは子どもだけでなく、大人もこれと同じことをするものです。

特に劣等感が強い人は、恐れを抱くものです。
すると、これに似た行動を起こすものなんですよ。

例えば、映画とか小説とか、作品を誰かと一緒に見たとしましょうか。
すると、劣等感の強い人は、その作品の悪い点ばかりを指摘するわけです。

なぜかというと、その人の本当の心理では、「こんなにすごい作品を作れない自分は、どうなるの?」という恐怖が奥底にあるからですね。
だから、優れたものを見ると、それだけ強烈に批判をしたくなるわけです。

これは作品だけでなく、地位や名誉を持っている人や、お金を持っている人に対しても同じような行動を起こします。

劣等感の強い人ほど、スキャンダルを好みますよね。
それはなぜかというと、「あんなにすごい地位や名誉、お金を持っていない自分は、どうなるの?」という不安が根底にあるから、批判をしたくなるわけです。

 

「注目して欲しい」という願望も、問題行動として出てくる

他にも、特にこれは男性に多いんですが、アホなことをすることがありますよね。
Twitterとかでそういう画像を公開して、問題になったりとか。

そういうのは、「誰かに見て欲しい」、「自分に注目して欲しい」という欲求があるためですね。
「お調子者」と言われるような人は、だいたいがそういう劣等感を持っていて、「注目されたい」という欲求を持っているものです。

これは、親から十分に見てもらえなかったり、愛情をもらえなかったりすると、そういう行動に出るようになるものです。
手を叩けば踊り出すような人というのは、それだけ「注目されない自分は、見捨てられて行く」という恐怖におびえているわけです。

 

劣等感の強い人ほど、自分を守るために他者を攻撃したり、問題行動を起こす

そんな風に、劣等感が強い人は、絶えず自分の身を守ろうとして、警戒しています

それは怒りとして他者を攻撃したり、 嘲笑として他人を(時には自分をも)笑ったり見下したり、不安という形になってイライラしたり、心を静めるために嘆いたり泣き出したり、アホな行動に出たりするわけです。

で、それが無視されたら、さらに次は「もっと見て欲しい」からと行動がエスカレートしてゆき、ひどい場合には法律に触れるような行動までしてしまうという、ということです。

こういう観点でものを見ると、人の行動要因がよく分かるんじゃないかなと思います。

 

まとめ:意味不明な行動にも、根底には理由がある

ということで、意味不明な行動に見えても、その根底にはしっかりとした理由と欲求があるものなんですよね。

そして大人の場合、その多くが、劣等感(満たされない幼児的願望)に起因するものだということです。

それは、子どもと同じように扱いましょう、ということですね。
直接的な回答や、解決策を与えるのではなくて、相手の欲求を満たしてあげることが大切なのだと。

逆を言うと、いくら直接的な回答や理屈での解決策を与えても、問題行動はなくならないということです。
その場合は、相手の内側にある欲求への回答を与える、ということですね。

それは、「下手な絵でもいいんだよ」、「面白くない作品でもいいんだよ」、「ネット上に作品を公開しても、いいんだよ」みたいな形になるかもしれません。
他にも、「ダメでもいいんだよ」、「失敗してもいいんだよ」といった形になるかもしれません。

そういうメッセージの方が、大切だということですね。

 

明日ぐらいに、もう少し別の観点から、これについてお話してみましょう。

今日はここまで~。

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