今日はいい話を聞いたので、それを紹介してみましょうか。
「人はどんなことにも感謝できる」ってお話です。
私たちが感謝する時っていうのは、3つあるって言うんですよ。
一つは、「いいことがあった時」ですね。
これは分かりますよね。
二つ目は、「何もなかった時」なんですよ。
それは、「今日も無事に一日を過ごせてよかったです。ありがとう」と感謝するところなんですよね。
例えば東北の震災でも、あれが起きた時って、「ああ、日常とか当たり前の毎日って、こんなにもありがたいことだったのか」と痛感したでしょ。
まさにあれなんですよ。
「何もない一日」ってのは、「病気もせずに、怪我もせずに、一日過ごせてありがとう」と、感謝するところなんですよね。
で、最後の三つ目は、「悪いことが起こった時」ですね。
例えば、靴を引っかけて傷つけたり、破いてしまったとしましょうか。
それは、「ああ、靴がなかったら、自分の足が引き裂かれて、血まみれになっていたところだ。靴があってよかった。身代わりになってくれて、ありがとう」ということなんですよ。
怪我をしても、「ああ、この程度の怪我でよかった。大ケガをして苦しんでいる人の気持ちも分かった。生きているって、いいことだな。ありがとう」なんですよ。
これは、知性がないとできないことですよね。
「自分の世界が当たり前」じゃなくて、「世界標準が当たり前」、「人類・生命標準が当たり前」みたいな基準値を別に持つってことですから。
そういう風に、「別の基準値」を持つと、意外と自分が持つチャンスとか豊かさに気づけるんじゃないかな、と思ったりもします。
アフリカの国だと内戦をしていたり、難民とかは明日に食べるものもないかもしれない状態なわけで。
そういう別の基準値を知ると、「結構余裕あるな」と感じて、新たな挑戦ができるかなとも思います。
たまにはこういうのを思い出しておくと、いいですよね。
ってことで、今日は感謝についてお話してみました。
今日はここまで~。