最近はとにかくスピリチュアルなお話をしたくてたまらない時期なので、今日も精神的なお話です。

今日は、「豊かさを感じられるようになれば、見栄は必要なくなる」、というお話です。

 

最近、見栄なんてどうでもよくなってきました

最近の私は、どんなことでも豊かさを感じられるようになったんですよ。

で、豊かさを得ることで得られるメリットの一つとして、「見栄を張らなくてすむ」ってことがあるんじゃないかと思います。

私は元々あんまり見栄を張らない人なんですが、それでも「成功者だと見られたい」とか「立派な人物に見られたい」という見栄はあったんですよ。

でもここ1ヶ月ぐらいで、ほんと「見栄なんてどうでもいいな」と思うようになりました。

 

だいたい、人って気にしていることを言われると腹が立つものなんですよ。

頭がはげている人で、それを気にしている人に「ハゲ!」と言うと、怒りますよね(笑

でも、全然はげていない人に「ハゲ!」とか言っても、気にしないものなんですよ。

「私は髪の毛があるのに、この人は何を言っているんだろう?」と、不思議に思うぐらいで。

 

同じように、豊かさを実感できるようになると、「私は成功者だ」とか、「私はお金持ちだ」みたいに見栄を張らなくてすむようになります

だって、そう見えるように演出しなくても、実際に成功者であり、豊かなんですから。

だから、見栄を張る必要がなくなって、ゴージャスなものなんてどうでもよくなると。

 

内面的に貧しい人ほど、貧しいと言われることを恐れる

逆に、内面的に貧しい人ほど、社会から「貧乏人!」と言われることを恐れることが多いんですよね。

だから見栄を張ってしまって、必要以上にお金がかかるものを買ってしまうわけです。

 

高級車とか高級ブランド品というのは、お金持ちが節税で使ったり、品質として必要だから買うわけですね。

見せびらかすために買うのではなくて、「必要」もしくは「節約」、「その方が安物を高頻度で買い換えるよりもメリットがあるから」という理由があると。

 

内面的に貧しい人って、「豊かになりたい」と思っているはずなんですよ。

でも、見栄を張ることで、自らどんどん貧しくなっていっているんだな、と理解できた感じです。

そういう「内面的に貧しい人」というのは、たとえ多くのお金や資産を持っていたとしても、「まだ足りない」と見栄を張って、より多くのお金を求め続けます。

そしていつかはクラッシュするわけですね。

運良く死ぬまでクラッシュしなかったとしても、死ぬまで満足することはありません。

 

一方で、「豊かな人」というのは、たとえ多くのお金や資産がなくとも、「満たされている」と感じて、今に満足します。

そして少しずつ豊かさを広げてゆく、という流れになります。

 

まとめ

だから、豊かさを得たい場合、「今」の豊かさを感じる方がいいように思います。

今の豊かさを味わえることで、見栄を張らなくてすむようになります。

すると自分の外面にステータスを求めなくてもよくなって、だからもっと豊かになってゆく、ということですね。

 

実際に豊かさを味わえるようになったら、豊かさを外にアピールすることなんかどうでもよくなるんですよ。

だったら、最初から外にアピールする必要なんかないんじゃないかな、と感じたりもします。

私は最近になって、ようやくこのことに気づけた感じですね。

 

ということで、今日は「豊かさを感じられるようになれば、見栄は必要なくなる」、というお話をしてみました。

今日はここまで~。

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