自分の作品に自信を失ったときの、私なりの対処法

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自分の作品に自信を失ったときの、私なりの対処法

今日は、自信を得る考え方についてお話ししてみましょうか。

 

自信をなくしたとき、どうするか

何かを作っている人は、今作っているものに対して自信をなくすことってありますよね。

「これ、本当に面白いんだろうか」とか、「これ、本当に他の人にとって喜んでもらえるだろうか」みたいな。

特にリリースが近づいて来ると、何度も作品に触れているので感覚が麻痺してきて、分からなくなるものですよね。

いやぁ、今の私がまさにそれだったりするんですが(笑

私も作っていて、自信をなくすことって結構あるんですよ(笑

 

そういう時は、私は「自分が納得できるものを作ろう」と考えてます。

すなわち、「自分が十分に使えたり、楽しめればいいや」と割り切るわけですね。

乱暴に言うと、「他の人なんか知ったことか!」ってノリです(笑

 

「自信をなくす」の本質は、「他の人に受け入れられるかどうか」

「自信をなくす」の本質は、「他の人に受け入れられるかどうか」だと思うんですよ。

すなわち、他人軸になったとき、自信を失うと。

でも、「自分の感性を信じよう」となると、自信って出ますよね。

だって、「自信」イコール「自分の感性を信じること」ですからね。

 

これは最終的には、「一人きりになってもいい」という覚悟かな、と思います。

例えば幼稚園とかで、「これして遊ぶ人、この指とまれ」と表明したって、誰も来ない場合があるわけじゃないですか。

すると、誰も来ずに、しょぼーんとなることだってあると。

パイオニアとか先陣切って走る人には、そんな「孤独になるリスク」があるんですよね。

そして、何かのパイオニアになりたければ、それを受け入れる勇気が必要になるわけです。

 

で、なぜ「この指止まれ」で来ないかというと、「楽しそうじゃない」もしくは「他に楽しそうなものがある」ってことだと思うんですよ。

もし自分にとって、他に楽しそうなことが見つかれば、「私もやっぱりそっちをする!」と、素直にそれをやって楽しめばいいでしょう。

ただ、他の人が「この指とまれ」と言っているものがどれも面白そうではなくて、「自分はこれが一番面白そう」と感じたり、本当にやりたいことなら、一人でもそれをやるわけです。

で、楽しんでいたら、他では楽しめない人が出てくるものなんですよね。

すると、私が楽しそうに熱中していたら、「なにそれ、ちょっとやらせて」みたいに入ってくると。

 

まとめ

そんな感じで、常に自分軸からぶれないようにするわけです。

すると、周囲の反応はさして気にならなくなるんですよ。

「ま、みんな、好きなことをすればいいんじゃない。私も好きにやってるから。興味ある人は、入っていいよ」みたいな(笑

 

だったら、自信は自然とついてくるんじゃないかなと思います。

簡単に言うと、「自分にとって納得できることをすれば、自信はついてくる」ってことですね。

 

ということで、今日は自信についてお話ししてみました。

今日はここまで~。

By | 2015-05-06T18:30:40+00:00 2015年 5月6日(水)|心理学|自分の作品に自信を失ったときの、私なりの対処法 はコメントを受け付けていません。