「迷惑をかけたくない」から動き出せない人のための、一歩を踏み出せる考え方

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「迷惑をかけたくない」から動き出せない人のための、一歩を踏み出せる考え方

ここんとこずっとクリエイティブなお話だったので、今日は心理関連でお話してみましょうか。

今回は、題して「『迷惑をかけたくない』から動き出せない人のための、一歩を踏み出せる考え方」です。

 

人に迷惑をかけずに生きることは不可能である

「人に迷惑をかけてはいけません」とか言う親がいますよね。
だから、人に迷惑をかけないようにしなきゃ……とか思ったりするようになって、すると次第に怖くなって、自発的に行動が起こせなくなるものです。

でも、もし仮に「人に手間をかけさせること」を「迷惑」と定義してしまった場合、結論から言ってしまうと、「人が生きている限り、迷惑をかけないことなどできない」んですよ。

例えば人は食べなきゃ生きていけないわけで。
すると、現代では食べ物は誰かが生産しなきゃいけませんよね。
農家が必要になりますし、肥料を作る人も必要ですし、水を田んぼや畑に運ぶために水路を造ったり水道を作ったりする人も必要なわけです。
そして、野菜などを運ぶ人も必要ですし、スーパーに並べる人も、レジの人も必要ですし、スーパーの建物を造る人も必要ですし、すると電気関連やら土木、経理、銀行、市役所、国家……ありとあらゆるものの「手間をかけさせる」必要があるわけです。

「衣食住」の「食べる」だけでこんなにも広範囲になるんですよ。
他の要素とか、楽しみとか、そういうのを含めた場合、もうとんでもないことになりますよね。

 

「迷惑をかけるな」は「ないものねだり」

今回は「人に手間をかけさせること」と「人」に限定しましたが、もし動物とか昆虫まで含めたら、すごいことになりますよね。
だって、動物からしたら「食べられる」んですから(笑
食べられる側にしてみたら、さぞや迷惑だと思うんですよ(笑

こんな風に、「人に手間をかけさせること」を「迷惑」と定義した場合、「迷惑をかけずに生きることは不可能」です。

もしそのような定義で「人に迷惑をかけるな」と言う人がいたら、「人間にとって不可能なことを言ってるな」「ないものねだりをしてるな」と思って、その人から離れましょう。

 

多くある親の誤解

でも、残念なことに、それに気づかずに、人や子どもに強制してしまう大人や親がいます。

考えてもみてください、「人に迷惑をかけずに生きるな」というのは「不可能なこと」です。
それを子どもに「そうしろ」と命令すれば、誰だって行動できなくなるでしょう。
そして「よくて」引きこもりになり、最悪の場合は自殺してしまうわけです。

だって、迷惑をかけずに生きるならば、死ぬしか道はありませんからね。

 

実際にあった例

作家で高史明(コ・サミョン)さんという人がいます。
彼は息子に「迷惑をかけずに生きろ」と言い聞かせて育てていました。
その息子が12歳の誕生日を迎えた時、「お前ももう一人前なんだから、自分のことは自分で責任を取れるようになりなさい」と言いました。

その二日後、その子は飛び降りて自殺をしました。

きっと、その子は責任感のある真面目な子だったんだと思います。
「迷惑をかけずに生きる」ことに「完全な責任を持つ」のであれば、死ぬしか道はないわけです。

そうして高氏は苦しみもがいて、親鸞の歎異抄に傾倒してゆくことになり、その経験が結果的に多くの人を助けるきっかけになったわけですが。

 

「迷惑をかけずに生きる」は自然界の法則としておかしい

人であれば、大人でさえ、迷惑をかけずに生きることは不可能です。
動物だってそうでしょ。他の生き物や植物を食べてるんですから。
植物だって、水を吸い取ったり、土中の養分を取って生きているわけです。
火山なんかが噴火したら、近隣の生物にとってはそりゃもう大迷惑でしょ(笑

「迷惑をかけずに生きる」というのは、自然界の法則としておかしいわけです。

 

子どもは、基本的に「迷惑をかける存在」

もし「自立した大人程度に、人に手間をかけさせる度合い」に限って、それを「迷惑」と定義した場合でも、子どもは完全に「迷惑な存在」になります。
そもそも、子どもというのは、基本的に「迷惑をかける存在」です

だって、自立できませんし、食べ物を与えなければいけませんし、世話もしなければならない。
これほど迷惑な存在はないでしょ。

でも、その子どもに「迷惑をかけるな」と言ってしまうのは、子どもに対して「子どもであるな」と言っているのと同じです。
「フランスの賢者」と言われたジャック・アタリの言葉で言うと、「『子どもの権利』というよりも、『子ども時代を過ごす権利』が大切なのだ」ということですね。

子ども時代から、子どもであることを否定される。これほどの悲劇はないでしょう。

 

子どもであることを奪われた人がなる、四つのタイプ

社会心理学者のクラウディア・ブラックは、そうして育った子どもは、次の四つのうちどれかのタイプになると言います。
  • 責任を背負い込む者: 完璧主義になり、全て自分でできるようになろうとする子。
  • 順応者: ただ人の言葉に従って、自分の意志を全く出せない子。
  • なだめ役: 周囲に合わせて、問題を起こさないように調停する子。
  • 問題を起こす者: 暴力や反社会的な行動などを起こすことで、問題を解決しようとする子。
そして、「迷惑をかけたくないから動き出せない」という人の多くが、「順応者」タイプになるでしょう。
幼い頃から「迷惑をかけるな」と言われて育った場合、自分の意志を出せなくなり、ただ他人の価値観や他人の意志に従うばかりになってしまいがちです。

ですが、ここまでを読んで、「そうか、自分は幼い頃からそう言われて洗脳されてきたんだ」と理解できれば、問題は半分解決したようなものです。
原因が分かれば、対処しようがありますよね。

 

こうすれば、解決してゆける

で、お待たせしました。ここからが残り半分の解決編です。

「迷惑をかけないように生きる」ことから克服するための一つのアプローチとして、次のように考え方を転換してゆくとよいでしょう。

それは、「迷惑をかけずに生きる」から「貢献して生きる」に転換してゆく、ということです。

 

「人に手間をかけさせること」を「喜び」に変換できる

先に 「人に手間をかけさせること」を「迷惑」と定義してしまった場合、それは不可能だと説明しました。

でも、実は「人に頼られると、嬉しい」って感情も出るものですよね。
頼られたり、何かをしてあげて「ありがとう」と喜んでもらったら、嬉しいものですよね。

それはつまり、「人に手間をかけさせること」を「喜び」に変換することができるということです。

なら、後は簡単です。
「人に手間をかけさせて、喜んでもらえばいい」んですから。

 

「ありがとう」という口癖を作ると、「迷惑」を次々と「貢献」に変換できる

そのために、私が提案するのは、何かをしてもらった時に、「すみません」と言うのではなく、「ありがとう」と言う口癖を作ることです。
この小さな差が、大きな変化をもたらします。

これはサラリーマンの子に多いんですが、例えば道を譲ってもらった時に「あ、すみません」と言って謝ると、自分は「他人に悪いことをさせてしまった」と思いますよね。つまり、加害者になってしまったと。
そして相手は「悪いことをされた」と認識してしまい、「被害者」になってしまいます。
それって、まさに「迷惑」ですよね。

でも、道を譲ってもらった時に、「ありがとう」と言って感謝すると、自分は「相手から善意をもらった」と得した気分になりますよね。つまり、価値をもらった形になると。
逆に相手は、「感謝される、いいことをした」となって、感謝される側になると。
これって、「暖かいふれあい」ですよね。

たった「すみません」と「ありがとう」という言葉の違いだけで、心理的には天と地の差ができてしまうわけです。

 

「ありがとう」をとにかく言いまくると、次第に行動できるようになる!

だから、とにかく「ありがとう」と言うクセ付けをしましょう。

例えば、農家の人が野菜を作ってくれた。
その農家の人をイメージしながら「ありがとう」と言って、食べるわけです。
すると、農家の人とは「迷惑」ではなく「暖かいふれあい」でつながるわけです。

「いただきます」「ごちそうさま」とか、いい言葉ですよね。

野菜を運んでくれる人も、スーパーに並べてくれる人にも、「ありがとう」と感謝するわけです。
すると、彼らは「善行をしている人」になって、嬉しくなるものですよね。

 

「ありがとう」はピンチも克服できる

この「ありがとう」の口癖は本当に素晴らしくて、私は今まで何度もクレームをもらったんですよ。
そのときに、怒った相手に「ありがとうございます」とまずは言うんですよ。
すると、相手ははっとなって、「いやいや……分かってくれれば、いいんですよ」と落ち着いて、帰って行くわけです。
私はこれで、何度もピンチをくぐり抜けましたから(笑

そんな風に、「人に手間をかけさせること」を「価値にする」ことができます。

とにかく何か人にしてもらったら、「ありがとう」と言うクセをつけましょう。
すると、次第に「人から何かをされていい」と、自分を許せるようになります
それはつまり、「迷惑をかけていい」を克服した……ということですよね。

 

「ありがとう」は、人のためにも、自分のためにもなる

そして同時に、人に「ありがとう」と言わせることもできるんですよ。

心理学では「返報性の原理」という仕組みがあって、感謝をしたら、相手も自分に感謝を返したくなるというメカニズムがあります

つまり、何かをしてあげた時でも、何かをしてもらった時でも、「ありがとう」と言うわけです。
すると、いついかなるときでも、相手も「ありがとう」と返してくれるようになります。

例えば私の場合、イラストを発注したら、納品してもらったら「ありがとうございます」と感謝します。
すると、絵描きさんも、「ありがとう」と返してくれるものなんですよね。

でも、「お金を払うんだから、描いて当然」っていう態度であれば、相手はほとんどの場合、「ありがとう」とまでは言わないんですよね。
まぁ建前として言ったとしても、心からは思ってくれないと。

そんな風に、何かをした時でも、された時でも、「ありがとう」と感謝をすれば、私たちの行動全てが「迷惑」から「貢献」に変換できるわけですね。

 

まとめ

そういう風に、全てを貢献に変換してゆけば、その人の周りから「迷惑」は消えてなくなります
そうすることで、「迷惑をかけてはいけない」という思いを克服することができるようになるんですよね。

なので、まずは「迷惑をかけないことは不可能だ」と知ることです。
そして、「ありがとう」と言うことで、「迷惑」を「愛情と貢献」に変換してゆけます。

そうすると、その人の行動は全て「愛情と貢献の行動」になるので、思いとどまることは何一つなくなるものです。

だったら、もうどんどん行動してゆけそうでしょ。

 

ってことで、今回は「『迷惑をかけたくない』から動き出せない人のための、一歩を踏み出せる考え方」という内容で語ってみました。

今日のお話はここまで!

By | 2014-03-13T20:30:56+00:00 2014年 3月13日(木)|心理学|2 Comments

2 Comments

  1. ゆきにゃん 2014年3月13日 at 11:56 PM

    なるほど、迷惑かけたぶんを全部「ありがとう」にしてしまうのは目から鱗でしたー
    ためになりました、ありがとうヽ(´▽`)ノ

  2. あやえもん 2014年3月14日 at 8:42 PM

    そう言ってもらえると、私も嬉しいですよ。
    ありがとう!(*´д`)ノ

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