今日も今日とて、精神的なお話です。

可能性は「視界に入っているけど気づかないもの」によくある、というお話です。

 

キムチが食べたい!

私はたまにキムチを食べたくなるんですよ。

豚キムチとか、焼き肉に合わせるのもおいしいですよね。

で、冬場なのでキムチ鍋もおいしそうだということで、無性に食べたくなったわけです。

実は今まで、キムチ鍋は作ったことがなくて。

 

それでキムチを買おうとしたんですが、スーパーの漬け物売り場を見るたびに、思うことがあったんですよ。

それが、「キムチって、一人暮らしだと量が多くて消費しきれないし、小分けパックだとなんか高いなぁ」ということでした。

だから今までキムチは、よっぽど食べたい時以外は見送っていたんですが。

 

でもそこで、ふと「そういえばキムチ鍋だから、キムチの素を使えばいいよね」と思いついたと。

なので、キムチそのものではなく、キムチの素を買ったわけです。

 

キムチの素が素晴らしかった

で、これが素晴らしかったんですよ。

キムチ鍋はおいしいし、豚肉に絡めて炒めるだけで豚キムチになるし、大根や白菜と一緒に混ぜればキムチの浅漬けにもできて。

しかも、キムチそのものを買うよりも、圧倒的に低コストでできると。

すなわち、「便利だしおいしいし、低コストにできる」という、新しい節約の発見だったわけです。

 

最近の私は、「生活の質を下げずに、ランニングコストを下げる」という節約にはまっていたりします。

なので、「キムチを買わずに、キムチの素で代用する」というのは、新たな発見で嬉しくなったり。

 

可能性は、すでに視界に入っている

で、こういう経験をすると、可能性って「視界に入っているけど、気づいていないもの」に多くあると思うんですよね。

すなわち、可能性ってどこか遠いところにあるのではなくて、身近なところにひっそりとあると。

 

キムチの素だって、私の視界に何度も入っていたと思うんですよ。

私はよく調味料売り場に行くので、当然存在は知っていたわけです。

でも、キムチ料理が食べたい場合、「キムチがなきゃ、キムチ料理は食べられない」と思い込んでいました。

そして「キムチの素で、キムチの代用をすればいい」なんて、なぜか今まで全く発想できなかったと。

思いつけば当たり前のことなのに、頭の中で「使える」とつながっていないわけです。

 

「豊かになる材料」は山ほどある

そういう風に、私たちの周りには、「豊かになる材料」は山ほどあると思うんですよ。

すでに、私たちの視界に入っているものばかりを使えばいいと。

でも、それがつながっていないだけのように感じます。

 

例えば私の場合、最近最も節約にインパクトがあったのは冷凍庫の導入なんですが、冷凍庫なんて存在は確実に知っているわけです。

でも、それが自分の節約とつながらなかったんですよね。

それとか、「近所に、じーちゃんばーちゃんがやっているような小さな八百屋がある」と存在は知っているのに、そこの品物や価格をよく見ずに、スーパーで買い物をしていたと。

そして自分の生活とつながった瞬間、「これが使えるのか!」、「こういう店はこんなに安いのか!」と目からウロコ体験ができて、世界が変わったと。

 

「より原材料に近い方を使う」という発想

言うなればこれは、「より原材料に近い方を使う」という発想だろうと思います。

すると、そういう「これが使えるのか!」という目からウロコ体験がしやすいように感じます。

 

例えばポン酢だって、ポン酢としての既製品を買うよりも、柑橘果汁を別に買って、自分で醤油と組み合わせるのもいいですよね。

もしうまみが欲しいなら、粉末だしを加えるなり、だし入り醤油にするなりすればよくて。

お酒が好きな人なら、既製品の缶チューハイを買うよりも、度数の高いお酒を買って、自分で他の果汁と割って飲めばいいと。

 

すると、より低コストで自分好みにできると分かります。

そして作るのが好きな人ほど、そういう「自分の生活を、できるだけ自分で、自分好みに仕上げる」という楽しみも味わえます。

 

収益作りは、節約の延長

で、実は収益作りは、節約の延長にあります

節約と同じで、収益にできうるネタは、どこにでもあるものなんですよ。

だけど、それがつながっていないと。

 

ある意味で、節約は、「原材料側の材料を使って、自分好みに組み合わせて、安価で良質な完成品に仕上げるもの」だと言えるでしょう。

例えば同人誌だって、「自分の妄想」という材料を使って、自分好みにストーリーや絵を仕上げる、っていう過程ですよね。

すると、その楽しみって、ある種の「節約」だと言えます。

自分好みに作って、自分で楽しんで、なおかつ他の本を買う費用を削減できるんですから。

 

で、収益作りは「節約して良質に仕上がったものを、売れる場所に置いてもらう」というだけです。

自分なりに仕上げたものを、整えてパッケージに入れて、きれいなラベルを貼って、売り場に置いてもらうだけだと。

だから、節約と収益作りは、プロセスはほとんど同じです。

すると、「節約がうまくできるほど、もう少し追加で工夫できれば、収益作りもうまくできるようになる」と分かると思います。

どっちも楽しめることなんですよね。

 

まとめ

なので、新しい発想が欲しい場合、「全く新しい何か」を得ようとしなくてもいいように感じます。

そうではなくて、「視界に入っているのに、つながっていないもの」に着目するのもいいかと思います。

 

そのためにも、何か欲しいものがあったとき、仕上がったものを得ようとするのではなくて、「より材料の方から作ってみよう」とするのもいいでしょう。

キムチを買うのではなくて、キムチの素に着目するのと同じです。

それとか、既製の同人誌を買うのではなくて、自分好みにした妄想に着目するのと同じです。

 

するとコストも落ちるし、満足度を保てるどころか、いろんな料理を楽しめて逆に満足度が上がって、なおかつ作る楽しみも得られると。

収益作りも同じです。

作るのが好きな人にとっては、最高でしょ。

そういう発想ができると、生活も楽になるし、収益作りもしやすくなるんじゃないかと思ったりもします。

 

ということで今日は、可能性は「視界に入っているけど気づかないもの」によくある、というお話でした。

今日はここまで~。

この記事をシェア:
Share