今日も精神的なお話です。

「完璧に準備が整っていないからこそ、出発する価値がある」、というお話です。

 

「荒れ果てた場所からの出発」だからこそいい

ちょっとしたニュースがあったので、ご紹介。

【震災5年 3・11】新校舎や避難先で門出 「日常の大切さに気付いた学校生活」(産経ニュース)

卒業シーズンですよね。

で、卒業っていうのは、新しいことを始めるのと同じことで。

 

こういうニュースを見ると、「そういう場所で門出ができたことって、素晴らしいことだな」って感じるんですよね。

立派な講堂でつつがなく盛大に式を終えるのも素晴らしいですが、焼け野原のど真ん中でひっそりと式をしたり、何にもない場所から出発の式をするのも、それはそれで素晴らしいですよね。

 

というのも、そこには「物語」みたいなものがある気がするんですよ。

荒れ果てた野原で卒業式とか、たぶん一生忘れることはないと思うんですよね。

だからこそ、いい思い出になって、人生が感動的になるわけで。

 

「普通ではない場所からの出発」でいい

それと同じで、私たちは「普通ではない場所からの出発」でいいと思うんですよ。

完璧に準備が整っていない、そんな状態から始めることで、人生が感動的になると。

 

昨日の話で言うと、私は最高に恵まれた家庭環境があったわけではないんですよ。

むしろ、「こんな命に価値なんかない」と思ってました。

でも、そこから一歩を踏み出して歩き出すことで、未来が変わってきたんですよね。

 

準備なんて何もない。

地図なんてありはしない。

どの方向に行けばいいのかすら分からない。

仲間もいなければ、応援や祝福をしてくれる人もいない、一人きりの出発。

 

それでいいんじゃないかと思います。

私自身もそうやっていろんなことを始めてきましたし、そうやって道を進んできたわけです。

 

歩き出すと、仲間と出会える

最初はやっぱり、少し寂しいんですよ。

「いい家庭環境があったらよかったのになぁ」とか、「豊かだったら」、「せめて一人でも、応援してくれる人や、祝福してくれる人がいれば」と思ったものです。

でも、実際に何かを始めようとするときに、そういうものがあるのはまれなんですよね。

 

それでも、私は進みたいと。

なぜかは分からないんですが、私の中にあるエネルギーというか、情熱というか、そういう魂みたいなものが、私に「行こう」と語りかけるわけです。

 

そして一人きりでも進んでいると、ふいに同じ方向に向かっている仲間と出会うんですよ。

すると、そういう仲間たちとは、分かり合えて、協力し合えるようになります。

そこには競争もなければ、比較もありません。奪い合うこともありません。

「一緒にここまで行こう」と、目的地を共有できただけで、仲間なんですから。

苦しければ分かち合うし、豊かになれば喜びを共有すると。

そういう大切な仲間たちと、その時々で出会うことができます。

 

そんな風に歩いていると、気がついたら多くの人が周囲にいるんですよ。

一緒の方向に向かう仲間もいれば、応援してくれる人、祝福を与えてくれる人がいると。

もちろん、この記事を読んでくださっている方々や、今までの制作仲間、私のファンも、そんな「応援してくれる人たち」になります。

 

そういう状態になったときに、初めて「ああ、あの状態からでも、出発してよかった」と感じるわけです。

しんどかったことや、苦しかったことが、全て吹っ飛ぶ瞬間ですね。

そしてまた、「さあ、もっと先へと行ってみよう」と、前を向いて歩き出せるようになると。

だって、「未来にはまた新たな、素晴らしい仲間たちと出会える」と分かっているからですね。

歩けば歩くほど、「自分の未来は、きっとよくなる」と信頼できるようになります。

 

準備なんて、なくてもいい

だから、何かを始めるのに、準備なんて必要ないんじゃないかと思います。

祝福もない、応援もない、仲間もいない、そんな何もない状態から始めるので、十分じゃないかなと。

寂しいのは最初だけです。

どんなニッチで狭い道でも、すぐに仲間と出会います。

むしろ、狭い道ほど仲間と出会いやすいでしょう。

 

「歩き出せば、全てがうまくいく」とは言いません。

しんどいことも、泣きたいこともあるものです。

でも、歩き出せば、そこはそこで楽しくて、充実した毎日が待っていますよ、ということです。

冒険ってのは、リスクがあるからこそ楽しいものですからね。

 

何にもないところからでも、一歩を踏み出せば、全神経を研ぎ澄ませて、毎日を全力で生きる、そんな日々が得られます。

同時に、仲間たちも全力で生きていると分かるからこそ、互いに励まし合い、力を合わせることができるわけですね。

 

まとめ

だから、何かを変えたい場合、準備なんて全然整ってなくてもいいから、魂が訴える方向に動いてみるといいんじゃないかと思います。

常識的に考えると、それは「馬鹿げたこと」になるものです。

「私みたいな人が、こんな大それたことを手に入れるなんて、できるはずがない」とか思うものです。

 

でも、はっきり言って、「手に入れられるかどうか」なんて、どうでもいいような気がします。

人生では、「何かを手に入れること」よりも、「自分の意志で、歩き続けること」の方が大切な気がするんですよ。

私は自分の人生を、自分の意志で歩ければ、それでいいんだと。

 

そういう生き方もいいんじゃないかな、と思います。

十分に満足できるような場所から始められなかったとしても、それはそれでいいかなと。

「どこで生まれたか」なんてさして重要ではなくて、「どう生きたいか」が重要かな、と思います。

 

ということで、今日は卒業シーズンということで、「完璧に準備が整っていないからこそ、出発する価値がある」、というお話をしてみました。

今日はここまで~。

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