今日は、精神的なお話です。

「ぬるま湯が一番恐ろしい」と気づけば抜け出せる、というお話をしてみましょう。

 

自由人にとっては、「ぬるま湯」が一番恐ろしい

よくニュースとかで、「ブラック企業」とか言ってますよね。

ああいうのを見るたびに、いつも思うことがあるんですよ。

人には自由が大好きな人と、奴隷状態が大好きな人の2種類がいるんですが、自由が大好きな人にとってはブラック企業ってそれほど悪いものではないんですよ。

というのも、ひどい場所ほどさっさと出ることができて、自分らしい生き方を始めるきっかけにできるからですね。

奴隷状態が好きな人にとってのみ、ブラック企業が苦しい場所になるんだと。

 

奴隷制度は結構歴史が長くて、古代ギリシアや古代ローマ帝国時代から、奴隷をどう扱えばいいのかというノウハウがあるんですよね。

で、奴隷に対する扱い方の基本は、「生かさず殺さず」です。

ブラック企業のように奴隷を酷使したり、使い物にならないようにするのは、むしろアホな奴隷管理手段になります。

 

そして、この「生かさず殺さず」を言い換えると、「ぬるま湯」とも表現できます

だから自由人にとって最も怖いのは、ブラック企業にいることではなくて、ぬるま湯にいることです。

これが最もエネルギーを失い、しかも着実に人生を奪われていくという、恐ろしい状態なんですよね。

 

ぬるま湯を「恐ろしい」と感じた私の経験

私は1年9ヶ月ほど、一般の会社(日本有数の大企業)に勤めていた経験があります。

で、その入社して配属後、強烈に感じたことがあるんですよ。

それが、「ここに長い間、いてはいけない」という恐怖でした。

 

そこは、究極の「ぬるま湯」となる場所だったんですよね。

「ここに1分1秒でも長くいると、それだけ自立へのエネルギーを奪われてしまう」と、直感で感じ取れました。

 

でも、そこは奴隷状態の人にとっては、天国でもあります。

「人生そういうもんさ」、「不満があるけど、そういうもんだろう?」と自分に言い聞かせて、自らの不満のある場所に居続けると。

で、会社や上司の不満を会社帰りの飲み会で晴らす、みたいな。

 

もしそんなに会社や上司が嫌なら、飛び出せばいいだけですよね。

世の中は広いんですし、チャンスはいくらでもあるものです。

自分の力を試すこともできますし、自分の力で、自分の生きたいように生きることができます。

自由になろうと思えば、いつでも自分の意思でなれるんですから。

 

でも、「ぬるま湯」が、その力を奪ってしまうわけです。

「出たいけど、まぁここもそれほど悪くないし、まあいいか」みたいな。

そして気づくと、人生が終わりにさしかかっていて、歳だけ取っていて、去勢されて、自立心も失い、自分が何をしたかったのかすら忘れてしまっているわけです。

 

私はその場にいる上司たちを見て、「こんな姿にはなりたくない」と、心から戦慄を覚えたんですよね。

ありありと、「もしこのままここにいれば、こうなってしまう」という未来が見えてしまったと。

すると、自らの意思で、ぬるま湯を拒絶できるようになりました。

そして無駄な誘いは全て断り、独立に向けて動くことができました。

 

まとめ

だから、そういう風に「ぬるま湯が危ない」と気づくことができれば、早めに対策ができるかと思います。

エネルギーを失うことが、一番の奴隷状態を続ける要因になるんですから。

 

すると、ぬるま湯ではない場所や、エネルギーを求めることができるでしょう。

その場を、「居心地のいい場所」にはせずに、むしろ「いつでも動けるようにする」と身構えることができます。

そういう風に準備をしていると、移動するためのチャンスも見つけやすいんですよね。

また、エネルギーを失わせるような「常識」を排除できるんじゃないかな、と思います。

 

これは会社だけでなく、私たちが取り巻く環境全てで当てはめられるように思います。

日本が嫌なら、私たちは日本を飛び出すこともできます。

家族が嫌なら、家族を飛び出すことができます。

そうやって覚悟を決めて、今までの家族や地元、社会から出て生きて、そして幸せに生きている人は多くいるものです。

 

エネルギーがあれば、少々の困難は乗り越えられますからね。

ぬるま湯の危なさに気づきさえすれば、そういう行動にも着手できるようになるんじゃないかな、と思います。

 

ということで、今日は「ぬるま湯が一番恐ろしい」と気づけば抜け出せる、というお話をしてみました。

今日はここまで~。

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