今日は、しんどさをやりがいに変える方法についてお話してみましょうか。

 

しんどい時には、「楽をしたい」よりも「意味」を考えるといい

しんどい時って、つい「楽をしたい」っていう方向に動きますよね。

嫌なことをやっていたり、苦しい状態って、どうしても「楽に生きられたら最高」って思うものですから。

でもそれは苦しい状態から、別の苦しい状態に移るだけだと思うんですよ。

 

例えば、学校の体育祭とか部活とかでも、「ちょっとサボる」っていう時間って、楽はできても、面白くなかったですよね。

中途半端に自由を拘束されていて、自由にできないのにやることがない状況って、実は一番苦しいんですよ。

仕事だって同じですよね。

「これからあの会社とあの会社に行かなきゃいけない」みたいな状況で、ちょっとサボったとしても、全然楽しめませんよね。

だから、楽をしても面白くも何ともないし、やりがいも出ないと。

 

でも、「しんどい」状況で、さらに「意味」を付け加えるんですよ。

すると、実はサボるよりも集中できて、楽しくなるものだったりします。

例えば私の場合、会社勤め時代は、満員電車がもう最悪に嫌だったんですよ。

でもそこで、「独立するための勉強時間だ」ってことにして、セミナーCDを買いあさって、電車内で聴くようにしたわけです。

すると、時間もすぐに過ぎて、不快な気持ちも忘れて、しかも能力まで身についちゃったと。

その上、通勤が結構楽しくなったんですよね。

 

私は制作をしていますが、ゲーム制作でも本の執筆でも、それなりにしんどいものなんですよ。

「しんどい」だけだと、苦しいですよね。

でも、そこにちょっとしたスパイスを加えると、それが一気にやりがいが出るわけです。

それが、「意味」ということですね。

でも、そこで「作業ペースを落とそう」とかすると、はっきり言ってすぐに飽きて、苦しくなって、やめたくなるものなんですよ。

多くの人が、この罠にはまって、モチベーションが下がってるんじゃないかと思います。

 

「意味」はこじつけでいい

その「意味」っていうのは、こじつけでいいんじゃないかと思います。

「これを作れば、私は億万長者になる」みたいな妄想とか思い込みでもいいでしょう(笑

すると、やる気が出てきて、しんどいのが快感になるんですよ。

全力を出せる時って、80%の力を出している時よりも、はるかに快感ですからね。

 

おそらく、その根底には「自発性」があるんじゃないかと思います。

自発性、すなわち「自分の意志でやっている」と思えれば、面白くなると。

「サボる」ってのは、「やらされている状態」から逃げ切れてはいないんですよね。

それは結局、「やらされている」の延長でしかないと。

でも、「やめる」とか、「自分のためにやる」なら、「自分の意志」になりますよね。

すると、どっちもモチベーションが上がるものなんですよ。

 

そんな風に、「楽しさを見つけ出す能力」っていうのは、「意味をこじつけられる能力」なんじゃないかと思います。

「自分にとって、これをやる意味」を見つけ出しさえすれば、何だって楽しめるんじゃないかと。

そういう能力があれば、しんどい状況って、それほど悪くないような気がします。

 

むしろ、「何もしなくてもいい」という風に、楽で、何も動いていない状況の方が、一番苦しいのかもしれません。

動いていない人を動き出せるようにするのって、すっごいエネルギーが必要ですからね。

その上、中途半端に自由を拘束されていて、自由にできないのに暇がある、みたいな状況は、もう一番苦しいような感じもします。

一方で、「しんどい」と言いながらも既に動いている人は、結構大きなエネルギーを持っているので、ちょっとした軌道修正だけで、大きな成果を出せるものなんですよ。

 

まとめ

だから、しんどいときは、「楽をする」じゃなくて、「意味」を考えるといいかと思います。

すると、その大きなエネルギーを失うこともなく、いい方向にその力を発揮できるんじゃないかと。

「苦しくて、楽しい」というのが、一番気持ちよくて、快感な状態なんですよね。

 

そう考えると、結構変わるんじゃないかな、とも思ったりもします。

ということで、今日は「苦しくて、楽しいのが一番面白い」、というお話をしてみました。

今日はここまで~。

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