ここんとこ病床日記が続いていたので、たまには普通の記事でも。
今日は精神的なお話で、「自分の人生は、自分次第だ」とすると、チャンスが見えてくる、というお話です。
現状から出るための考え方
このブログでもよく触れていますが、「現状を変えたい」ってこと、ありますよね。
例えば私にとっては、「未来をよくする方法が見えない」とか、「希望がない」ってのは、苦しいことだったりします。
他にも、例えば「現状に居続けること」も、「未来が今と同じ」と感じて、なんだかそれも嫌だなと感じたりして。
なので、常に「現状から出よう」ともがいていたりするんですが。
そういうスタイルなので、私は「自分の人生は、自分次第だ」と考えるのが好きだったりします。
裏を返すと、「自分の人生は、周囲や他人次第だ」と思う領域を、できるだけ減らすようにしています。
すると、どんどんチャンスが見えてきて、現状を変えられそうに思います。
着目したものを見つけやすくなる
まぁこれは当然で、「何に着目するか」ということなんですよね。
人は、意識したものに注目して、それに必要な材料や素材により気づくようになります。
例えば私の場合、昨日の記事を書いた時、「食事とか、そういうものにももう少し楽しみを増やそう」って思ったんですよ。
私にとっては、やっぱり「食べること」は幸せの中心的なもので。
それに、料理もそれなりに好きだし、海外文化も興味あるので、いろんな料理も味わってみたくて。
で、その5時間後に、ふと「地元の業者向けスーパーに行ってみよう」となぜか思いついて、心が弾んだんですよ。
私はそういう感覚に素直だし、体調も戻ってきたので、それで行ってみることにしたと。
すると、今まで視界に入っていても気づかなかった、海外の新たな調味料とか食材とか、そういう食材の存在が目に入って。
そして、見た瞬間に、「これだ! 欲しかったのはこれなんだ!」と分かったと。
すなわち、意識を始めてたった5時間で、その「欲しいと意識したもの」の具体的なものが見つかっちゃったわけです。
今まで見えなかったものが、見えるようになる
こういう海外の調味料とか食材は、今まで私のそばに、ずっとあったものです。
それなのに、私はその店の中に何度も入ってそれらを視界に入れていたのに、まったくその存在に気づかなかったんですよね。
もちろん、過去にも何度か料理にはまっていたり、海外の調味料にはまっているんですが、今まで見えなかったものがより見えるようになったと。
例えば、「この食材を使ってみたい」とか、「この調味料を使ってみたい」という幅がだいぶ広がっていて。
チャンスって、こういうものだろうと思います。
「欲しいもの」とか「大切にしたいもの」を意識できなければ、たとえ視界に入っていても、その存在にまったく気づかないんだと。
何に目を向けるかが大切になる
なので、何に目を向けるかが大切になると。
で、「自分の人生は、自分次第だ」とすると、自分で変えられる要素ばかりが見えてくるんですよね。
だから、「これを変えられる、これも変えられる」と、どんどん現実を変えてゆけて。
でも、「自分の人生は、周囲や他人次第だ」とすると、「自分には何もできない」とか、「自分は無力だ」という要素ばかりが見えてきます。
例えば、SNSでも「国がこんなに愚かだ、嘆かわしい」とか、「こういう異常な人がいた。恐ろしい」、「こんなに世の中はひどい」とか、そういうリツイートばかりしている人がいますよね。
そういうのが、まさに「自分の幸せは、周囲や他人次第だ」という要素に目を向けている典型例です。
変えられないから、嘆きばかりが起きる
変えられないことばかりに目を向けるので、次第に「この世の中は、変えられないことばかりだ」と動けなくなります。
そして、嘆いてばかりになります。
すると、「この社会は終わりだ」、「この国は終わりだ」、「人類は終わりだ」、「地球も終わりだ」、「太陽系もついでに終わらせよう」、「宇宙も終わりなんだよ!」みたいに、「終わらせたい症候群」になっていくんですが(笑
もちろん、そういう「他人次第」という発想にも、メリットはあります。
これはいつか語るとは思いますが、「他力」という発想を使うことで、いろいろあきらめたり、手放しやすくできるんですよね。
それとか、嘆くことで現状を受け入れて、ストレスを解決できるというメリットもあります。
それはそれで一つの方法論なんですが、「どんどん新たな世界に出て行きたい」というタイプの人には、メインには使えないことが多くて。
「現状を変えたいのか」と「周囲から認めて欲しいのか」
結局のところ、これは「現状を変えたいのか」と「周囲から認めて欲しいのか」の対立かなと思います。
現状を変えたい場合、「周囲から認められること」は手放す方が楽にできます。
だって、「周囲が評価していることを、自分はうまく実現できない」から、「現状から出たい」と感じるわけです。
だから、「現在の周囲が評価していること」を手放せるほど、新たな世界に出られます。
すると、「今までとは違う評価軸を見つける」、「今とは違う評価軸で、なおかつ自分に合う価値を作る」みたいな、違うアプローチで生きることができます。
逆に、「認めて欲しい」を重視する場合、「現状を変える」という発想は手放す方が楽になるでしょう。
それは、周囲から認めて欲しい場合、「みんなが評価することを、もっと我慢して頑張る」が最善になりやすいからで。
そういう意味でも、「現状を変えたい」と「周囲から認めて欲しい」のどちらを重視するのか、折り合いをつける必要があるかなと思います。
そのためにも、自分に向き合って、「自分の人生は、こっちをこれぐらいの比率でメインにしてみよう」と、意識して決めるといいでしょう。
すると、それに似合った方法論が見えてくるかなと。
まとめ
なので、自由が好きな人ほど、「自分の人生は、自分次第だ」と考えるのが合うように感じます。
その方が、いろいろ自分発で変えられますからね。
私自身も、そっちの方が好みだったりします。
すると、いろいろとチャンスや希望が見えてきて、変えてゆけるかもしれません。
ということで今日は、「自分の人生は、自分次第だ」とすると、チャンスが見えてくる、というお話でした。
今日はここまで~。