今日は他の記事を書いていたんですが、ちょっと長くなりそうで断念したという(笑

なので今日は、少し短めに、人間心理のお話です。

原理が理解できるから、権威に頼らなくてすむ、というお話をしてみましょう。

 

「権威者が、これを認めた!」という表現

世の中にある主張系の記事を見ていると、たまに目につく表現があるんですよ。

それが、「権威者が、ついにこれを認めた!」という表現ですね。

例えば「○○教授がついに認めた!」とか、「ノーベル賞受賞科学者が、これを認めた!」みたいな前置きがあるものです。

 

それはおそらく、そういう権威を追加することで、自分の主張に正当性や根拠を与えているんだろうと思います。

実際にそれは分かりやすい根拠だし、世の中に影響を与えやすいものです。

 

ただ私の場合、そういう表現の記事は情報源からは除外しているんですよ。

というのも、それは「記事の作者が、理の説明よりも、主張を通すことを目的としているから」ですね。

 

「独自のことをする人」は、理に従う

私は理にかなったことが好きで、どちらかというと理に従うタイプです。

というのも、新境地を開拓するような「見知らぬ世界で、独自のことをする」という場合、一番頼れるのは理(自分なりの「自然の理論」)です。

そもそも他に誰もそれをしていないのなら、他の人に聴いても無駄ですからね(笑

 

そして私たちは、「自然」という大きな力にはとうてい対抗できません

自然の力に比べると私たちの命はちっぽけで、自然に対して「お前の法則は間違っている。その法則を変えろ」と主張しても無駄なものです。

例えば私たちが自然に対して主張しても、重力の法則は変えられないし、太陽の周期も変えられませんし、それどころか自分の性質ですら変えられないんですから。

特に社会から距離を取って、新境地で生きるほど、自然は変えられないものです。

 

ならばそういう「自然の理論」には、抵抗せずに従うことで、より生き抜けると分かります。

 

理を理解できる人は、理に従う方がいい

もちろん個性がない人で社会のレールに乗る場合は、周囲に合わせていればいいでしょう。

そして自分軸がない人ほど、権威者の言うことに従う方が合理的だと分かります。

 

だけど周囲と同じようにできなかったり、自分軸を持っていたり、社会の歯車になれないタイプの人ほど、理に従う方がいい判断ができるように思います。

そして実際に、そういう新境地を開拓するような人ほど、理を理解できるようになっているものです。

 

その場合、「○○という権威者が、ついにこれを認めた!」という表現って、そこには理よりも、主張の方が重視されていますよね

すると、そこに「理に反する嘘やごまかし」が紛れ込みやすいと。

なので理が理解できる人からすると、そういう系の主張はあまり参考にならないかなと。

 

このブログの読者は、間違いなく理を理解できるタイプ

ちなみにこのブログを好きで読んでいる人は、間違いなく「理を理解できて、権威に頼らなくていいタイプ」です。

だって、私は何の権威も持ってませんからね(笑

それどころか、世の中から見ると私は「元は制作監督で、本も書いていて、人間心理をブログで語っているけど、ウェブサイトでは素材とかを配っていて、最近は金融業界にも入っていて」みたいに、完全に「よく分からない人」でしょ(笑

 

それを好んで見るなんて、まさに「理を理解できて、権威にとらわれない」という性質の人しかいないと(笑

そしてそういう理が理解できる人は、相手の肩書きで判断しないタイプが多いと言えます。

肩書きではなく、その人がしていることを見抜けるタイプですね。

だからブームにも流されずに、自分で状況を判断できるように思います。

 

そしてそういう性質は、新たな状況だとか、混乱した状況に強いように思います。

きっとこういう「理が理解できるタイプ」の人は、今まで経験したことがないような状況で、人々が戸惑い混乱する中、「こうする方がいい」と人を導く役割なのかもしれません。

安定した状況よりも、新境地だとか、変化や混乱の中で輝くタイプですね。

 

まとめ

なので理が理解できる人ほど、「安定した状況」は力を発揮しにくいように感じます。

むしろ、積極的に未知の世界だとか、変化、混乱した状況の中に飛び込む方が、輝けそうに感じます。

そういう状況ほど、理が輝くからですね。

 

で、わずかな先人の教えやヒントだったり、目の前の現実や経験から、自分で考えて、自分なりの成功法則を作ってゆくわけです。

ひょっとするとそれは、「その場で何も考えずに現状維持をしている人たち」や「ただ権威者に従っているだけの人たち」よりも、より合理的なものになるかもしれません。

 

何より、原理はいろんな場所で応用できますからね。

だから「いろんな未知の場所を渡り歩く」というアプローチも十分に効果的で、そういうのも自分なりの理を育てるきっかけにできるように思います。

 

すると、より自分の才能を輝かせられるし、作った理を元に、人々に喜んでもらえるものを作れるかもしれません。

 

ということで今日は、原理が理解できるから、権威に頼らなくてすむ、というお話でした。

今日はここまで~。

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