今日は、精神的なお話をしてみましょう。
心にパワーを与える「休み方」のお話です。
心にパワーを取り戻すには、どうすればいいのか
先日、こういう質問をいただいたのでご紹介。
最近、心にパワーが足りない感じがするのと、「休まる」ことが少ないです。
あやえもんさんが、会社勤めをされていた時、それから最近、で「休まる」こと、とはどんなことをされていましたか?
心に栄養、パワーを取り戻すには、何が有効なのでしょうか?
「疲れた」っていう時は、ありますよね。
それも、肉体的にはさほど疲れていないのに、精神的に疲れてしまった……みたいなことが、私にもよくあります。
で、精神的に疲れるから、肉体的にもなんだか元気が出ない、みたいな悪循環になっちゃうと。
それで先日は筋トレや体を動かすことで、元気になろうというアプローチを紹介したんですが。
今日は、そのときに説明しきれなかった、私にとって効果があった内容を紹介してみようかと思います。
今回は、「好きなことが分かっている時」と、「やりたいことがよく分からない時」に分けて考えます。
「好きなことが分かっている時」は、好きなことをすればいい
まずは「好きなことが分かっている時」ですが、これはただ単純に、大好きなことをすればいいだけです(笑
私が会社勤めをしていたときは、ゲーム制作が私にとっての癒やしでした。
会社で朝から夕方まで働いた後で、帰ってきてからも寝るまでは制作をしているわけです。
他の人見れば「起きている間、ずっと働きづめ」なんですが、私にとっては「会社の仕事=疲れること」で、「ゲーム制作=元気が出て回復すること」でした。
ちなみに独立前は、相当激務をこなしてました。
1年のうち休日が5日だけで、しかもその5日も「休むのは半日だけ」みたいなものも含めた数だったりします。
独立してからも、数年は「朝から晩まで仕事! 1ヶ月に1日休みを取れれば上等!」、みたいな勢いでした。
外から見たらブラックどころではない環境ですが、実は私にとってはすっごいホワイトな環境なんですよ(笑
好きなことが分かっている時っていうのは、こんな風に好きなことをすればするほど、エネルギーが出てきます。
好きなことがよく分からない時、どうすればいいのか
で、問題なのは、「好きなことがよく分からない時」じゃないかと思います。
漠然と「自分はこういうのが好きなんだろうな」とか、「私はこういうのが好きなはずなのに」と思っていることがあるかもしれませんが、「実際にやってみても、なんだかあんまり情熱が出てこない」、みたいな状態です。
「とてもじゃない、1ヶ月に1日休み程度で耐えられる情熱なんかない」という場合、どういうアプローチを取ればいいのか、ということです。
これは私も、ゲーム制作チームを解散させた後も、そしてつい最近も、悩んでいたことでした。
でも、ここ1ヶ月ぐらいで、一つのいい解決策を見つけたのでご紹介してみましょう。
「『在る』ことだけを目標にする」ということ
それが、「『在る』ことだけを目標にする」ということです。
これは、次の2つのステップで行います。
- まずは、全ての「未来のための、生産的な活動」を停止する。
- そして、「在る」だけを目標にして、毎日を過ごす。
これで、驚くほど元気が出ました。
以下で実際に、それぞれのステップを解説してみましょう。
全ての「未来のための、生産的な活動」を停止する
まずは、全ての「未来のための、生産的な活動」を停止します。
私たちが精神的に疲れる一番の要因は、「未来のための準備」のように思います。
そして、「未来が悪い状態になってゆく」と感じれば感じるほど、焦ってしまい、急いで状況を打開しようとします。
でも、すぐに変化が出せるわけでもありませんよね。
すると、「現状は嫌だ。なんとかしなきゃいけない。でもできない」と「こうしたい。でもできない」という感情がすごい勢いで綱引きをし始めます。
「会社勤めは嫌だ。でも会社を辞めることなんてできない」という気持ちと、「できればこれで独立したい。でも売り上げがないからできない」という気持ちが綱引きをしていたり。
「親のいいなりになるのは嫌だ。でも親の家に住まわせてもらっていて、収入も少ないから、出て行くことなんてできない」という気持ちと、「できれば一人暮らしをしたい。でも十分な貯金も収入もないからできない」という気持ちが綱引きをしていたり。
場合によっては、「あの嫌な人に復讐したい。でもそんなことしちゃいけないし、したら自滅するだけだ」という気持ちと、「あの嫌な人から離れたい。でも経済的な事情でできない」という気持ちが綱引きをしていたりするかもしれません。
これが、疲れの原因です。
この内面での綱引きが朝から晩まで心の中で引き起こって、へとへとになるまで戦い続けるわけです。
そして、心の中で戦って戦って、戦い続けて、そして疲れてしまうんですよ。
最後には、「もう疲れた。こんなに疲れるぐらいなら、死にたい」と思うようになると。
これは、周囲から見るとその人が何もしていなくても、内面では猛烈な戦いをして、疲弊しているんですよね。
「いったん、全てを、停止する」
じゃあそこでどうすればいいのか。
それが、「いったん、全てを、停止する」ということです。
私はここのブログ記事でこの方法を知ったんですが、まさにこれでした。
まずは、「未来のための、生産的な活動」を全て停止しなさいと。
だいたい、少しぐらいの預金とか、生きられる場所はありますよね。
会社だって、有休を取ったり、しばらくの間は休職をすることだってできるものです。
死なない程度に、「未来のための、生産的な活動」を全て停止するわけです。
「でも、今やらないと、どんどん売り上げは先細りになるんです!!!」
ダマレ。まずはその焦りを落ち着かせなさい。
あなたが焦っているから、クリエイティブな解決策が見えていないだけです。
だから、いったん、全てを、停止する。
「でも、休みを取ったら会社の人から嫌がられるし、私の立場も悪くなるんです!!!」
うるさい。そもそもあなたが倒れたら、会社とか立場なんか無意味です。
いったん、全てを、停止する。
「今頑張らないと、お金もなくなって、お先真っ暗になって、餓死してしまうんです!!!」
ふぁっく! このまま焦って突き進んでも、どのみち疲弊してぶっ倒れるだけです。
その先には絶望と自殺があるだけです。
いったん、全てを、停止する。
いったん、全てを、停止する。
それを止めても、すぐには死なない程度に、停止する。
停止する。
停止する。
すると、すーっと落ち着いてきます。
「あれ? 私はこれをやめると真っ逆さまに落ちていくと思ったのに、そうではないな」と分かります。
そして冷静さを取り戻して、思考力が出てきます。
「あれ? これをやめても、すぐには死なないぞ? むしろ全然死ぬ気配なんてないぞ?」みたいな。
そんな安心感に包まれます。
今までは、「これをやめたら全てが終わる」、「これを成り立たせなきゃ、自分は死んでしまう」という恐怖に追いかけられていたことが分かります。
でも、実際に少し止めてみても、実は全然人生が崩壊することはないし、死ぬこともないんですよ。
「あれ? もしかして今まで、恐怖から逃げることばかり考えていたかも」
「結局はダメになるものを、必死で支えようとしていただけなのかも」
「うまくいかないものを、無理矢理成り立たせようとしていたのかも」
こういう冷静さを取り戻せるようになります。
「在る」だけを目標にして、毎日を過ごす
その次が、「在る」だけを目標にして、毎日を過ごすことです。
私たちは今まで、ことあるごとに「大きな目標を作れ」、「ぶっ飛んだゴールを設定しろ」というメッセージに触れてきました。
ですが、それは「大好きなこと」が定まっている時にのみ通用することです。
疲れた時にすることではありません。
だから、まずは「在る」ことだけを目標にします。
自分という生命が、この世界に在ることだけを目標にします。
夢とか、願いとか、貢献とか、分かち合いとか、そんなものはどうでもいいことです。
ただただ、この世界に「存在していること」だけを目標にして、1日を過ごします。
この世界に存在していれば、目標を達成しています。
ぼーっとしていてもかまいませんし、動いてもかまいません。暇つぶしをしてもかまいません。しんどいことをしてもかまいません。
どんな状態でもいいので、存在していさえすれば、目標達成です。
静けさの中で、閉じこもる
そんな時間を、ただただ積み重ねます。
ここまでたどり着くと分かるでしょうが、なぜか不思議と、合掌をしたくなります。
世間の流れを自分と切り離して、自分だけが静けさの中に閉じこもっているような感覚です。
世の中がすごい勢いで変化していく中で、自分だけが1分前の自分と同じように、1時間前の自分、1日前の自分、1週間前の自分、1ヶ月前の自分と何も変わらずに、静けさの中でとどまっています。
そして、ただただじーっと、そんな静けさの繭(まゆ)の中で、変化することもなく、「在る」だけを積み重ねます。
すると、少し、また少しと、自分の内側から元気が出てくるのが分かります。
やればやるほど元気が出るので、ただ「在る」ことが楽しくなってきます。
「在る」ということが、心地よく感じられます。
思わず微笑んでしまうほど、ただ「在る」のが気持ちよくなります。
「本当にやりたいこと」が見えてくる
そしてしばらくすると、「ああ、こうしたい」という心の奥からわき出るような、「本当にやりたいこと」が感じられます。
その「本当にやりたいこと」は、それまでの漠然とした「自分はこういうのが好きなんだろうな」とか、「私はこういうのが好きなはずなのに」と思っていることとは全く違う、奥底からの欲求になります。
ひょっとすると、それは相当原始的な欲求かもしれません。
「これを食べたい」とか、「外に出てみたい」、「歩きたい」、「少し体を動かしたい」、「景色を見たい」、そういうたぐいのものかもしれません。
一方で、以前まで抱えていたような「大金持ちになりたい」とか「有名になりたい」、「ビジネスを成り立たせたい」という欲求が、なんだか非現実的なものに感じられるかもしれません。
そして、そういう「本当にやりたいこと」を満たしていきます。
すると、体の奥底から、喜びが出てきます。
「生きている」というエネルギーが出てくるんですよね。
こうして初めて、「ああ、今までの自分は、幻想を生きていたんだな」と理解できるようになります。
ここまで来れば、後は何をすればいいのか、分かります。
幻想に踊らされることなく、しっかりと現実に足をつけて、焦ることなく前を向いて歩くことができるでしょう。
まとめ
そんな風に、「好きなことが分かっている時」と、「やりたいことがよく分からない時」に分けて考えみるといいかと思います。
好きなことが分かっている時は、好きなことをすると。
でもやりたいことがよく分からない時は、全ての「未来のための、生産的な活動」を停止して、「在る」だけを目標にして、毎日を過ごすと。
だいたい、「やりたいことがよく分からない時」というのは、自分の心が曇っているときです。
それは、「こうしなきゃ、でもできない」と「こうしたい、でもできない」という両者に引っ張られていて、内面で戦って、疲弊している状態です。
で、その「こうしなきゃ」と「こうしたい」は、共に幻想です。
全てを停止して冷静な思考力を取り戻すと、これが分かります。
実は私は、2ヶ月ぐらい前にちょっとした精神的なダメージを受けることがあって、1ヶ月ぐらいずっとこの内面の戦いを抱えて、疲弊しきっていました。
そんな状態で、先日紹介した体を動かす回復法と、この方法を実行して、驚くほど落ち着いて、そしてエネルギーが出てきました。
私にとってこれは、この1年で一番インパクトがある出来事だったので、とりあえずご紹介しておきます。
もしこれを読んでもピンとこなかったり、「そんなことできない!」と焦りを覚え続けるのであれば、それはまだこれをする時期ではないということです。
その場合、もう少しいろいろやってみるのもいいでしょう。
これは、今は理解できなくても大丈夫ですし、できなくても大丈夫です。
その「時」が来たら、参考にすればいいかなと思います。
ということで、今日は心にパワーを与える「休み方」のお話をしてみました。
今日はここまで~。