今日は結構どうでもいい話です。

なぜ「作ってる時は最高傑作で、翌日見ると普通になる現象」が起きるのかを考えてみたので、そんなお話です。

 

なぜ「作ってる時は最高傑作で、翌日見ると普通になる現象」が起きるのか

クリエイターさんの場合、作っている時に「これ、歴史に残る最高の作品だ!」って感じることって、あると思うんですよ。

でも、一度寝て、翌日になって改めて見てみると、「あれ? そうでもなかったぞ」みたいな(笑

いや、私がまさにそれで、歴代の作品ほぼ全てでそう感じてしまっているんですが(笑

当然、今書いている本でも「これ、全世界の常識を変えうるコンセプトだぞ!?」みたいなノリになってしまっていたり(笑

 

だから、すごいモチベーションで書けていたりもします。

でも、だからこそ、リリースが怖かったりもするんですが(笑

 

じゃあ、なぜこんな認識の差が出ちゃうのか、ということですよね。

今日はそんな、「作ってる時は最高傑作で、翌日見ると普通になる現象」のメカニズムを見てみることにしましょう。

 

作っている最中は、作品ではなくビジョンを見ている

いきなり結論から言うと、それが「作っている最中はビジョンを見ていて、翌日は作品そのものを見ている」からだと言えるでしょう。

 

私たちが「作りたい!」って思う時って、いわゆる「頭の中でイメージするだけでは、追いつかない時」になります。

クリエイタータイプの人ほど妄想が好きなんですが、いろんなきっかけで「こういう世界ってすてきだな」とか、「こういう世界があると、面白いな」みたいに妄想を膨らませて楽しむものです。

で、その妄想が面白くてたまらなくなると、頭の中で処理するのは要領が追いつかなってきます。

すると、「もう作らなきゃやってられない!」となって、モチベーション高く、脳内イメージを現実にし始めることになります。

こうして漫画を描いたり、物語やゲームを作ったりするわけです。

 

その場合、作っている最中って、私たちは脳内のビジョンを見ているんですよね。

その脳内ビジョンを実現するように、現実でいろいろ腕や指先を動かしているわけで。

なので、作っている最中は、頭の中にはすっごい完成された、興奮して感動できる世界が広がっていることになります。

 

でも、一度寝て翌日になると、脳内からそのビジョンが消えてしまったり、少なからず衰えます。

すると、「作ったそのもの」が目に入るようになって、「あれ?」となっちゃうと(笑

 

ビジョンを見る人ほど、成長できる

それでも、こういう落差がある人ほど、成長できるんじゃないかと思います。

というのも、モチベーションの源は、ビジョンだからですね。

脳内でビジョンを楽しめば楽しむほど、「うおお、これ、最高やん! なんでこの妄想を実現してくれる人がいないんだ!」と、苦しみ始めます。

すると、「もう自分で作らなきゃやってられない!」となって、自分でそれを作る原動力になります。

 

裏を返すと、モチベーションが足りないのは、ビジョンが薄いからじゃないかと思います。

それが自分にとって本当に欲しいものでもないし、興奮したり感動できないから、つまらなくなるわけです。

 

同じように、「制作中から、自分の技術力のなさに気づいて落ち込む」というのも同じで、それは技術力の問題ではなくて、ビジョンの問題のようにも思います。

ビジョンが途切れなければ、しらふに戻ることはありませんからね。

で、ビジョンが続くほど、「どうやってそのビジョンをうまく現実にできるだろう?」と、適切な技術を見つけ出すことに集中します。

だから、そこに他者との比較が入る余地はありません。

そして他者からの評価がない限り、理想と現実のギャップを感じることもありません。

 

ビジョンを見る人ほど、最初は周囲から理解されない

ただ、他の人に見せる場合、大きなビジョンを持つ人で、技術力がまだ育っていない人ほど、周囲から理解されないものです。

そして、周囲から「何が面白いのかわかない」と言われて、落ち込んだりすると。

というのも、本人が脳内で見ているビジョンと、他の人が見た作品の形との違いが大きくなるので、なかなか現実に落とし込めないわけです。

だから、脳内で大きく詳細なビジョンを描ける人ほど、最初はうまく形にできないので、理解されないと。

 

でも、そこで妄想を止めない人が、うまくいくものなんですよね。

なぜかというと、技術は少しずつ身についてくるからですね。

モチベーションが高ければ、次々と形にできます。

すると、脳内イメージを現実にしやすくなって、周囲から「ああ、この人はこういう世界を描きたかったんだ」と、理解されるようになるわけです。

こうして能力が追いついてきて、周囲の人から「素晴らしい世界観だ」と言うようになると。

 

まとめ

そんな風に、「作ってる時は最高傑作で、翌日見ると普通になる現象」というものは、クリエイターの人にとっては可能性がある現象のように思います。

それは、作っている最中は、自分にとって理想となるビジョンを見ているからですね。

そういうビジョンに魅了されているほど、モチベーションも出るし、理想との溝を埋めようとして、技術も身につくと。

逆に、クリエイティビティーが落ちている人ほど、こういう現象が起きなくなるんじゃないかな、とも予想しています。

 

じゃあなぜモチベーションが落ちるのかというと、単調な毎日に疲れているとか、妄想することを忘れているからじゃないかな、と思います。

ぬるま湯の状態はそれなりに素晴らしい環境なんですが、「あっちにもっと心地よいお湯がありそう」と妄想できると、肌寒い外に出ることもできますからね。

それは、「お湯を楽しんでいる」というよりも、「可能性を楽しんでいる」、と言えるかもしれません。

「同じ場所に居続けると、苦しくなる」という人ほど、そういう「秘湯巡りの旅」という生き方も面白いんじゃないかと思います。

 

ということで今日は、なぜ「作ってる時は最高傑作で、翌日見ると普通になる現象」が起きるのかを考えてみた、というお話でした。

今日はここまで~。

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