今日も精神的なお話です。
「人生を終える前にやっておきたいこと」を考えると、今後の方向性が見えやすくなる、というお話です。
「未来への漠然とした不安」への対処法
「未来に対して、漠然とした不安を持つ」ってこと、あると思うんですよ。
例えば今だって、コロナウイルスの影響があるし、世の中は「ああすべきだ、こうすべきだ」ばかりで言い争っていて、未来が見えない状況で。
すると、「これから先、どうなるのかな。もっと世の中はひどくなるのかな」とか感じると、不安になって、落ち込んだりすることもあって。
でも逆に、「世の中はどうであれ、自分はこれからよくなっていく」と感じられると、希望が持てますよね。
それとか、「こうすれば、自分はもっと豊かになれる」とか分かると、周囲なんてどうでもよくなって、エネルギーを持って進めるわけで。
今は外部に頼らず、自分を豊かにする方がエネルギーが出る
なので、私たちが希望を持つには、次の2つの要因があるわけです。
- 「自分が属する社会がどんどん上昇している」と実感することで、自分も上がってゆくだろうという、周囲から得るエネルギー
- 自分が上がっていくと予感することで、エネルギーが出るという、自分の内側から得るエネルギー
なら、今のような混乱した世の中では、外部には頼れないと分かります。
すると、今は「自分を豊かにすることで、希望を持てばいい」と分かるかなと思います。
その場合、「人生を終える前にやっておきたいこと」を考えると、今後の方向性が見えやすくなるように感じます。
すると、そういう内側からのエネルギーを得やすくなるかなと思います。
人生を終える前にやっておきたいことは何か
実際に、「今のような毎日を過ごして、人生を終えたいか」、「人生を終える前にやっておきたいことは何か」と、自分に問いかけてみるといいでしょう。
すると、「これだけはやっておきたい」みたいなことが思いつくと思うんですよ。
例えば私の場合、「こういう作品だけは残しておきたい」という思いをよく持ったりします。
だから、「世の中に残しておきたい考え方とか価値観ほど、先にリリースしておこう」と、いろいろ作ることができて。
内向型の本とか、プロットの法則とか、そういうのも「死ぬまでには絶対に出しておきたい」というものでした。
それを、「今は、これを一番残しておきたい」というものから順番に出している、という流れですね。
「コンパクトに生きる」という方向性
それとか、最近は「コンパクトな生き方を試してみたい」っていう思いが私の中ではあったりします。
できるだけ外部に頼らずに、自給自足に近づけないかな、ということですね。
しかも満足度を一切落とさずに、むしろそれで満足度を上げて、豊かに生きる方法はないかなと。
例えば電気とかエネルギーでも、太陽光とか、風力とか、水力とか、いろんなエネルギー源が無尽蔵に周囲にあるわけじゃないですか。
それをなんとかして、個人レベルでうまく使えるようにできないかな、みたいな。
電気だけでなく、お湯とかもうまく得られると、低コストでお風呂に浸かれたりして、最高ですよね。
自分なりの豊かさを作る
私はどちらかというとミニマリスト(物をあまり持ちたくないスタイル)側ですが、完全に原始的な生活をしたいわけではありません。
自給自足側に行きたいと言っても、冷凍庫や洗濯機も使いたいし、ネットも使いたいので、そういう現代的な便利さは使いたいと。
そういう、自分なりの豊かさスタイルを作りたいわけですね。
そのために、その上でうまくエネルギーの変換システムを作って、なんとか田舎の僻地でも、自然に触れつつコンパクトに生きられるといいな、というイメージです。
実際に想像してみるといいでしょうが、私は海が好きなので、海が見えるちょっと小高い丘がいいですよね。
海を眺められて、自然が多くある場所で、小さめな家に住んで。
電化製品は、太陽光パネルとか、風力発電システム、川があれば小さめの水力発電で最低限を得て使う、というスタイルで。
で、畑とか、もしくは水耕栽培みたいな技術を取り込んで、食べ物も少し得つつ。
鶏とかも飼ってみたかったりして、鶏から卵を得るとか、そういうのもよさそうに思ったり。
庭には好きに柑橘類とか、実のなる木を植えたり。
机とか日用品も、できるだけ自分で作ったりして。
自分の「これが最高!」をイメージしてみる
そして、足りない分とか、自分で作れない最低限のものは、スーパーとか通販を利用して得ます。
でも、そういう「お金を使って買う」というのはできるだけ最小限にして、残りはできるだけ自分で作るわけです。
すると、世の中や社会情勢に左右されない、安心とかくつろぎが得られそうだと分かります。
それで、朝は日の出と共に自然に目が覚めて、意味を感じられる制作をして、自分のことはできるだけ自分で満たして、自由に生きると。
そしてブログとか作品を通して人に喜んでもらって、多少の収益を得て。
で、夜はゆったりして、「今日もよく動いたな」と感じつつ眠りにつくと。
そういう毎日をイメージすると、私は「もう最高やん!」みたいに感じるんですよ!(笑
もうね、私の中ではかなりほんわかできるイメージだったりします。
もちろん、これは今の私のイメージであって、未来には違う方向性を欲するかもしれません。
でも、そういう変化を受け入れつつ、「とりあえず今は、こういう方向性が面白そう」と描くわけですね。
「そういう方向に、小さくても向かってみよう」
なら、「ちょっとそういう方向に、小さくても向かってみよう」とできます。
例えば私は最近、水耕栽培をちまちまと始めたんですが、それもそういう流れですね。
そんな「海の見える田舎の家で、野菜を作ったり鶏を飼ったりして、作品作りをしつつ、自由に生きる」というのは、いきなり実現できるとは限らなくて。
でも、部分的に近づくことはできると思うんですよ。
なら、小さくてもいいから、ちょっと水耕栽培のシステムを今から作ってみようと。
今できる範囲で、本格的でなくてもいいから、実験的に試してみるわけですね。
すると、チャンスが来たときに「待ってました!」と言えて、うまく乗れるように感じます。
思わぬところから、次の展開が見える
それに、そうやって始めると、意外と思わぬところから、次の展開が見えたりするものです。
例えば水耕栽培でも、「もっと太陽が当たる場所があればな」と感じたら、そういう「使える場所」が見えてきます。
実際に周囲には、空き地だったり、言えば無料で使わせてくれそうな場所もあったりして、「世の中には、使われていない土地が多くある」と豊かさに気づいたり。
それとか、なんとなく意識するようになるので、スーパーとかホームセンターに行ったときでも、ゴミ置き場でも、「これ使えそう」とか発見したり。
それとか、いろいろ行動していると、「あれ? これってさしてお金がなくても実現できないかな?」と分かってきたり。
実際にそういう生活は、さしてお金は必要ありません。
むしろ、知識とかスキルの方が重要になるぐらいで。
なら、「お金の問題じゃない。億万長者にならなくても、実現できることなんだ」と分かって、ぐっとエネルギーが出てきたりして。
まとめ
なので、未来に漠然とした不安を持った場合、「人生を終える前にやっておきたいことは何か」と、自分に問いかけてみるのもよさそうに思います。
そういう問いかけで出てきたイメージって、結構本心からやりたいことだったりするんですよね。
で、小さくてもいいから、そういう方向に進んでみると。
確かに、今いる場所からは、「どうやって目的地にたどり着けるのか、道が見えない」という感覚でしょう。
でも、少し先に進むと、今まで見えなかった「さらに先に進む道」が見えて、もう少し先が見えるようになります。
そういう小さな行動の繰り返しが、少しずつ未来を作ってゆくように感じたりもします。
ということで今日は、「人生を終える前にやっておきたいこと」を考えると、今後の方向性が見えやすくなる、というお話でした。
今日はここまで~。