今日も精神的なお話です。
なぜ「働いたら負け」という感性が生まれるのか、私なりの感覚で説明してみることにしましょう。
「働いたら負け」という感性
たまに高校生とかでも、「働いたら負け」っていう感性があるじゃないですか。
ちなみに私とか、学生時代には強くそう感じる側だったんですよ。
じゃあなぜそう感じるのか、私なりの感性で説明してみようかと思います。
これが分かると、そういう学生時代の感覚や情熱を思い出せて、自分の人生を振り返ることができるし、いろいろ動き出せるように思います。
「理由がないままに、人から言われるがまま動きたくない」
で、結論から言うと、「働いたら負け」というよりも、私の場合は「なぜ働くのかという、その理由がないままに、人から言われるがままに動きたくない」ってことかなと思います。
ある意味、「自分の主体性で動きたい」、「自分なりに判断して、自分の人生を決めたい」ということです。
私の場合、高校時代とか、「なぜ生きるのか」ってことを強く考えていました。
いやまぁ、今でも十分に考えているので、ひょっとするとそういうのを考えるのが私の趣味なのかもしれませんが(笑
そして、いろんな疑問がありました。
「この勉強が何の役に立つんだろうか」とか。
「なんで体育祭みたいな、嫌な行事があるんだ」とか。
「どうして大人はみんな、あんな風に自由を制限された苦しい中で、毎日を耐えられるんだろう」とか。
私は、そういう意味とか理由を欲していたわけですね。
意味を持てれば、力を発揮できるタイプ
それで、意味を持てれば、私は力を発揮できるタイプだったんですよ。
例えば勉強でも、私はこう考えたわけです。
「何に役立つかは分からないけど、きっとこういう考え方や思考法は、未来に役立つんだろう。
なら日々の勉強も、問題を解くことにも、考え方とか、思考力を鍛える点では意味がありそう。
今は分からないけど、とりあえず勉強をやっておいて、自分が大人になってから判断するのでもいいじゃないか」
すると、私は高校では、最初は下位1/3ぐらいの成績でしたが、高校卒業時には、実力テストで校内ナンバーワンを取りましたからね。
それぐらい、「意味」というものが力になるわけです。
裏を返すと、それだけ「意味のないこと」には、力を出せないし、弱くなると。
「なぜ働くのか」、その意味が欲しい
そういう性質の場合、「なぜ働くのか」ということにも、意味が欲しいんですよ。
なぜ雇われのような自由のない苦しい状態になって、毎日嫌な満員電車に揺られないといけないのか。
なぜ上司に小言を言われたり落胆されて、意味もない作業をして、ストレスを感じながら生きなきゃいけないのか、ということです。
だけど世の中は、そういう考える暇も与えずに、私たちに「あれをしろ、これをしろ」と押しつけてきます。
「勉強をしろ、次は体育祭だ、文化祭だ、テストだ、それを3年こなしたら、就職活動だ、そしてすぐに働き始めろ」
自分の人生をどうしたいのか、なぜ働くのか、そういうことを考える暇もなく、「ああしろ、こうしろ」と迫ってくるわけですね。
それなのに、周囲は「人生そんなものだ」と言って、次々と「大人たち」に言われるがままに従っていきます。
自分の思考を放棄して、先生とか親みたいな「権力者」とか「年長者がそう言うから」というだけで、自分の未来や毎日を決めてしまっているわけです。
そしてその先にあるのは、満員電車や、長い通勤時間の、とぼとぼと会社に向かって歩く、ささくれた状態です。
「人間加工処理工場」の中
ある意味、大きな「人間加工処理工場」のようなものです。
私たちは生まれたら、最初は自由なんですよ。
「子供の頃の、自由な感性」って、それなりに多くの人が味わったことがあるんじゃないかと思うんですが。
たとえ毒となるような親の下に生まれたとしても、そういう「この瞬間は、私は自由だった」という時があったんじゃないかと思います。
でも、小学生ぐらいになると、気がつくとそんな「人間加工処理工場」のベルトコンベアに乗せられています。
そして、目の前の作業をしなければ、罰せられます。
いい成績を取らなければ、見下されるし、間違うと叱られます。
だから恐怖を感じて、言われるがままによくわからない勉強をさせられて、よく分からない行事をさせられて、「よく分からない自分」にされてゆきます。
工場で「そのまま流される」という恐怖
すると、そういう状態に慣れると、次第に周囲に「自分なんてこんなものさ。人間なんてこんなものさ」という雰囲気ができてくるんですよ。
時間を経るほど、周囲では「何も考えずに、考えることすらやめて、『自分なんてこんなものさ。人間なんてこんなものさ』と流れて、処理されてゆく人たち」が多くなってくるわけです。
私の場合、そういう「単一加工処理をされてゆく周囲」を見ると、ただただ恐怖でしたから。
だから、焦るわけです。
「ちょっと待ってくれ! 私は自分がどう歩きたいのか、自分で決めたいんだ! だから私を、そんな人間加工処理工場の一括処理のような、ベルトコンベアに乗せないでくれ!」
そう言いたくなるし、そこから出ようともがいていたわけですね。
実際に世の中を見ていると、「何年もそういう『しょせん自分はこういう人生』という毎日を送っていると、抵抗する気力も失い、そういう人生になる」って分かってましたから。
でも、目先のことを処理しないといけないし、人生について考えるだけの時間もないし、どんどんと「加工処理日」へのタイムリミットは迫ってきます。
すなわち、どうやったらベルトコンベアから出られるのか、分からなかったわけです。
私は運がよかった
そんな中で、私は運良く大学に進学できたと。
私はひとり暮らしができたので、一定期間の「雑音を取り除いた状態で、人生をゆっくり考える猶予」を得たわけですね。
すなわち、ベルトコンベアの本流から外れて、ベルトコンベアでも少しゆっくり進む支流の流れに進めたと。
で、その間にゲーム制作と出会って、制作仲間や同志たちと出会うことで、「こうやって生きられたら最高だな」というものを得られました。
そして彼らもまた、「ベルトコンベアから出よう」とする人たちでした。
そういうこともあって、私は学生時代に「雇われのバイト」は一切せずに、自分の作品を売るという「自営業スタイル」で収益を作ってました。
そしてベルトコンベアから外れる生き方を選んだ
ただ、私はすぐに独立するほどの収益は実現できなかったので、1年9ヶ月という会社勤め期間を経て、独立したと。
とはいえ、会社勤め中でも「方向性」は持てていたので、しんどいのはしんどい状態でしたが、軸がぶれることはありませんでした。
そして、独立をすることで、ベルトコンベアから外れられたように思います。
いやまぁ、ベルトコンベアの外では、今までとはまったく生存スタイルが違うので、それはそれで大変ではあるんですが(笑
でもまぁ、そういう意味では、私はタイミングよくいろんな流れに乗れたので、運がよかったと思います。
まとめ
そういう風に、「働いたら負け」というのは、私の場合は「なぜ働くのかという、その理由がないままに、人から言われるがままに動きたくない」ということだったように思います。
もっと深く言うと、「自分はどういう人生を送りたいのか、考える時間をくれ」という叫びだったのかなと。
世の中の多くの人は、みんなと同じように一括処理されるので満足だったことでしょう。
ただ、私はそういう生き方は嫌だったわけですね。
そういうベルトコンベアで運ばれるのは、嫌だったと。
私は、ベルトコンベアよりも遅くなってもいいので、自分の足で、自分で意味を持って、自分が望む、好奇心の指し示す場所へと歩きたかったと。
そしてそれが、今の私を作っているように思います。
「それで満足か」と言われると、「もう大満足!」と答えられますからね。
私は常に、「いつ死んでもいい」と満足感を得ながら、「それでも死ぬまでには、これをやっておきたいな」ということを追いかけて生きてます。
もちろん、他の人と同じような安全や豊かさは得られないこともありますが、自分なりの満足感や充実感を得ながら生きられます。
そういう人生への感性が、世間一般の「働いたら負け」という言葉に反映されているのかな、と思ったりもします。
若い頃は、うまく言葉を使えませんからね。
そういう「人から言われるがままに流される」、「自分の人生を考えずに自分を殺す」ということが、「働く」という一単語に象徴、集約されているんじゃないかと思います。
そしてこういう感覚を思い出せると、自分の人生を見つめられるし、本当に進みたかった方向に気づけるかもしれません。
ということで今日は、なぜ「働いたら負け」という感性が生まれるのか、についての説明でした。
今日はここまで~。