いやぁ、一つ記事を書いていたんですが、どうしてもうまくまとまらなかったので、今日は簡単な雑記で。
今日は、工夫で生きる人ほど、「やりくり力」って大切ですよね、ということでつらつらと書いてみましょう。
工夫ができないから、お金に頼らざるを得ない
世の中では、「お金を稼いで、そのお金で欲求を満たせばいい」という教えが多いじゃないですか。
でもこれは、工夫ができない人向けの教えなんですよね。
実のところ、「欲求を満たせれば、手段は何だっていい」でしょ。
手段をお金に限定する必要はないわけです。
なら、工夫ができる人は工夫で実現すればいいし、人脈が強い人は人脈でと、いろんな強みで欲求を満たせばいいだけです。
ただ、工夫ができずに個性のない人ほど、社会の歯車になることでお金を得られるし、歯車になるのが苦になりません。
だからそういう人ほど、「工夫をするよりも、お金で解決すればいい」と言うようになるんだろうと思います。
個性の強い人ほど、「やりくり力」が大切になる
一方で、個性の強い人ほど歯車になれないので、どうしても「みんなと同じように」ができないものです。
たとえみんなと同じように振る舞っても、個性を伸ばせないので窮屈で苦しいし、「もっとのびのびと生きたい」と感じるようになると。
その場合、個性の強い人とか、工夫で生きる人ほど、「やりくり力」が大切になるように思います。
というのも、個性の強い人ほど、自分の中で「あふれるほど余ったもの(個性)」があるわけです。
ある意味、それは「初期から持つ資産」でもあるんですが。
なら、そういう「あふれるほど余る、自分の個性や素材」をうまくやりくりすることで、味わえるものを作ることができます。
そういう「豊かさ作りの戦略」を用いるのもいいように思います。
「冷蔵庫の中にあるものだけで、おいしい料理を作る」感覚
言うなればこれは、「冷蔵庫の中にあるものだけで、おいしい料理を作る」みたいな感覚です。
世の中には万人向けのレシピがあって、「この材料をそろえて、こう調理すれば、万人に受ける」というものがあります。
でも、私たちはそういう材料がそろわないんですよ。
冷蔵庫の中に、それだけ「普通の人なら持つ材料」がないわけです。
それどころか、「名前さえ分からない、苦いだけの木の実が大量にある」とか、「意味不明に酸っぱいだけの、腐ったような野菜ばかり」みたいなことがほとんどで(笑
だから私たちは「なんでこんなものしかないんだ」と感じて、苦しんだり、絶望しやすいんですが。
だけど、それをうまく使って、やりくりするわけです。
そのために、個性と向き合って、「これはどういう料理に使えるだろう?」と研究する必要があります。
「苦い木の実なら、他の苦みを利用した食べ物と似たようなものなら、なんとかできるかもしれない」
「酸っぱいなら、酸味を利用できるかもしれない。そして腐ったように感じるのは、発酵しているからかもしれない。何かを発酵できる温度帯なのかもしれない」
そうやって原理を元にすることで、自分の中にある可能性を導き出せます。
シンプルなものから作る
で、「やりくりしよう」とすると、最初は必ず「シンプルなもの」から作ることになります。
それは当然で、目の前のものでやりくりする場合、複雑なレシピは難しいですからね。
逆にシンプルなものほど、楽にできます。
だから、一般的な複雑なレシピよりも、ごくごく限られた、シンプルで部分的な用途で試してみるわけです。
普通は「ハンバーグを作るには、ひき肉とタマネギ、ソースはデミグラスで、赤ワインとハーブ類、チーズと、付け合わせは~」みたいに、すっごい複雑じゃないですか。
他の例で言うと、「漫画家になるには、キャラや背景が描けて、ストーリーを作れて、構図や演出ができて、人間心理が分かって、営業もできて」みたいに、複雑なわけです。
これって、身につけるまでが大変ですし、もしそれで「通用しない」と分かると、絶望でしかないでしょ(笑
だから、「頑張って挑戦した」という分野ほど、未練を持ちやすいのかもしませんが。
シンプルに作るから、「最低限の追加」だけで実現できる
でもシンプルなものから作るなら、「有り余るこの素材に、少しだけこういう材料を足してみよう」と、「最低限の追加」で実現できます。
「こうすれば、あの素材に似た味が出せないかな?」と予想して、試してみるわけですね。
苦い木の実なら、「カカオやチョコレートのように、甘さを足したらどうだろう?」とか、「コーヒー豆のように、焙煎して香りを強めて味わうとどうだろう?」みたいにできるかもしれません。
発酵ができるなら、「腐らせないのではなく、逆にうまく発酵させるのもよさそう。発酵について調べてみよう」とできるかもしれません。
そうやって「膨大にあるものの使い道」にうまくヒットした瞬間、可能性が見えると。
そこに必要なのは、「複雑なことをできるようにする努力」ではなく、「シンプルに味わえるための、推論と、多くの試行錯誤」です。
そしてそれは、「頑張る」ではなく、「やりくり」です。
ある意味、レシピを利用できる人ほど、「頑張る」が有効になると。
でも、冷蔵庫に意味不明なものしかない人の場合、頑張っても無駄でしょ(笑
そこは発想を変えて、原理や推測を元に、なんとかその素材で工夫ややりくりをする必要があると。
そしてシンプルに考えるからこそ、試行錯誤しやすくなります。
まとめ
なので、個性の強い人で、工夫が必要になる人ほど、「やりくり力」が大切になるように思います。
「お金で解決すればいい」というのは、一生を歯車として過ごす、個性のない人の発想です。
まぁある意味彼らは、「工夫ややりくりができないから、お金に頼らざるを得ない」とも言えます。
一方で個性の強い人ほど、「この使えるかどうか分からない素材を、どうすれば味わえるようにできるのか」と考えるのがいいかと思います。
私たちには、いろんな「使えなさそうな素材群」があるものです。
個性や性質だけでなく、環境とか、環境から手に入るもの、いろんな素材があるはずです。
そして身近にあるものほど、自分から切り離せないことが多くて、「なんでこんな邪魔なものが山ほどあるんだ。これさえなければ」と恨みやすいんですが。
それを、「使えない」と切り捨てるのではなくて、「何かの原材料にできないだろうか?」と考えてみると。
そうやって「これでやりくりしてみよう」と考えると、豊富にあるものに向き合って、いろいろ試せます。
苦いだけの木の実でも、チョコレートのように甘くおいしいものができたり、コーヒーのようにリフレッシュできる飲み物ができたりするかもしれません。
その可能性に気づいた瞬間、「無駄な個性」が「天からの恵み」に変わって、希望が持てます。
なので工夫ができる人ほど、「ちょっと、手元にあるものと、最低限の追加だけでやりくりしてみよう」としてみるのもいいかと思います。
すると「意外と手元にあるものだけで、なんとかなるな。無理して他の人と同じように、歯車にならなくてもいいかも」と分かって、いろんな可能性が開けるかもしれません。
ということで今日は、工夫で生きる人ほど、「やりくり力」って大切ですよね、という雑記でした。
今日はここまで~。