今日は日記です。

豊かさを味わい始めると、以前よりもお金は必要なくなった、というお話です。

 

春は「食べられる野草」がたくさん

私は趣味がウォーキングなので、昨日、山に近い場所を歩いていたんですよ。

すると、いろんな野草とか山菜が出てきていて、ちょうどカラスノエンドウ(参考:春の雑草カラスノエンドウの食べ方:クラシリカ)が多くあったので、少し取ってきました。

 

もちろん、大丈夫な場所から取ってくるんですが。

今回は、とあるお婆ちゃんから「どんどん取っていって。むしろ全部取っていって」と言われて、ありがたくいただいてきたり。

まぁ「食べられる雑草」なので、そういう扱いなんですよ(笑

 

身近にある、いろんな「価値あるもの」

春って、そういう野草が取れるのがいいですよね。

実は結構、食べられる野草ってあるんですよ。

 

上記のカラスノエンドウって、言うなれば豆苗(とうみょう)ですからね。

スーパーの野菜コーナーで豆苗が売ってますが、まさにあれと同じです。

カラスノエンドウは実が黒くて不気味なだけで、豆苗とは同じ豆の芽だし、形も味も同じで、クセもないしで、おいしく食べられたりします。

私からすると、「タダで欲しいだけ食べられる分だけ、カラスノエンドウの方がええやん」って思うんですが(笑

 

カラスノエンドウだけでなく、ヨモギとか菜の花の新芽、これからは野生のラズベリーもあるし、今年はタケノコとか、クレソンも試してみようかなと。

もちろんドクゼリのように毒草もあるし、普通の道では除草剤が使われていることもあるので、注意は必要なんですが。

でも基本的なことを守れば、普通に取って食べられるので、その辺は大丈夫かなと。

 

ほぼタダで得られるものを、うまく活用する発想

こういう「自然から、ほぼタダで食べられるものを拾える」って、私は大好きだったりします。

自然からだけでなく、「ほぼタダで得られるものを、うまく得てきて活用する」っていうのが大好きだったり。

 

例えば先々月、近所の店で、半分痛んだ大量のみかんが100円でたたき売りされていたんですよ。

そして傷んでいるので、誰も買わないわけです。

店の立場としても、売れないし、部分的には食べられるし、ゴミとして出すのもコストがかかるので、できれば売りたいと。

 

なら、私はそれを仕入れてきて、みかんジャムを作ってみました。

傷んでいる部分を取り除けば、後は普通に食べられるものですからね。

すると甘酸っぱくできて、とてもおいしくできて、大満足だったりします。

 

多くの人が見捨てているけど、実際は価値あるもの

よくよく考えると、そういう「見た目や体裁が悪くて多くの人が見捨てているけど、実際は価値あるもの」というのは、世の中に多くあるように思います。

例えば近所の店では、夏場になると半分傷んだトマトが10個100円ぐらいで大量に出るんですよ。

なら、それをトマトソースにして保存しておくのもいいですよね。

野生のラズベリーもジャムにできるし、野草もお茶にできるし、タケノコとかは普通に食べられて。

 

他にも、いろいろあるかと思います。

例えば田舎では土地とか道具だって、「誰か、使ってくれる人はいないかな」っていう人は多くて。

なら、近所のお婆ちゃんとでも知り合いになると、そういう「使われていない、価値あるもの」をタダで使えたりすると。

 

「クセが強いものを、工夫で楽しむ」発想

言うなればこれは、「見栄えがよく、クセが弱いものほど、人気になりやすい。見栄えが悪く、クセが強くて誰も扱えないものほど、タダだったり、安価になりやすい」かなと思います。

実際にスーパーで売っているのは、クセがないし、誰もが楽に扱えるものばかりです。

だから、多くの人が高いお金を出して、それを買っているんですが。

 

でも、工夫ができるタイプは、むしろそういう「見栄えが悪かったり、クセが強いものを、うまく工夫で調和させて楽しむ」というのが合うように感じます。

例えば、私は最近はタイ料理作りにはまっているんですが、東南アジアの食べ物って、クセだらけでしょ(笑

パクチーにしろ、ナンプラーにしろ、トムヤムクンみたいな料理にしろ、クセだらけで。

だけど、そのクセがおいしいわけです。

 

豊かさを味わい始めると、以前よりもお金は必要なくなった

なら、工夫ができる人なら、「わざわざ高いお金を出して、クセがないものを仕入れる」よりも、「できるだけお金を出さずに、クセがあるものを楽しむ」そういう発想も面白いですよね。

「お金を出すほど、いろんなものを味わえる」というのは、工夫ができない人の発想です。

 

でも、工夫を楽しめる人にとっては、その辺の法則は当てはまらないことが多いように感じます。

むしろ、他者に工夫をさせてしまうと、自分は工夫を楽しめなくなってしまうんですから。

 

実際に私も、以前は「お金がたくさんあれば、豊かさをより味わえる」と思っていたんですよ。

でも、最近お金が余るようになって、そこで豊かさを味わい始めると、実際は「以前よりもお金は必要なくなった」でした。

工夫ができる人ほど、そういうスタイルになるのかもしれません。

 

まとめ

そんな感じで、身近な楽しみを味わっているところです。

今年はドクダミ茶とか、ラズベリーのジャムも作ってみようかな、といろいろ楽しみにしていたり。

 

ということで今日は、「豊かさを味わい始めると、以前よりもお金は必要なくなった」という日記でした。

今日はここまで~。

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