今日はちょっと時間がないので、短めで生き方のお話です。
楽しいことを見つけたい場合、頭で予測するよりも、飛び込んで身体で感じる方がよさそう、というお話です。
「楽しいことが見つからない」場合の対処策
「何か楽しいこと、熱中できることが欲しいけど、なかなか面白そうなものが見つからない」ってこと、あるかと思います。
そういう場合、頭で楽しさを予測するよりも、まずは飛び込んでみて、それで身体で感じる方がいいようにも思います。
いわゆる、「頭で考えるよりも、身体で感じた方がいい」という奴です。
すると面白さを実際に味わいやすくなって、行動を増やせるかもしれません。
楽しさは、感覚部分にある
だいたい、「どういう楽しさなのか」を頭で予測すると、たいていは今までの経験の中で、似たような経験はあるものなんですよ。
スキーだったら「身体のバランスを取る面白さなのかな」とか、山登りなら「旅行と似たようなものかな」とか。
すると、「そういう経験は味わったことがあるし、なんか新鮮じゃないよな」なんて感じてしまうものです。
でも実際の楽しさって、新しい感覚部分なんですよね。
そして新しい感覚というのは、既存の経験の中にはないものです。
スキーのように、「冷たい雪や凍えるような空気を感じたり、そんな中をスピード感を持って進む感覚」なんてものは、体験しないと分からないものです。
山登りでも、「心地よく息を上げながら、足下の岩の感覚に触れて、圧倒的に広い自然に触れて感動する」なんて感覚は、その場に立ってみないと分からないもので。
段取りする手間も、楽しみになる
そして重要なのが、「私はこの経験があるから、その経験を利用しよう」と、最初から効率化して味わおうとしないことですね。
例えば絵や音楽、演奏、プログラミングやストーリー作りでも、経験があるものを持ち込めば、楽に作れるでしょう。
でも、そういう「経験があるものを再利用する」となると、一気に新鮮さがなくなって、ただの作業になってしまいます。
なので、むしろ今まで慣れている「自分の武器」を封印して、別のものにしてみる感覚です。
今までピアノができた場合は、新しい弦楽器とか打楽器、声楽に触れてみたり。
プログラミングでJavaができた場合、別の新しい言語、新しい仕組みやフレームワークに触れてみたり。
そういう新しい感覚にしてみるわけですね。
それに、そういう目標を持って動くと、準備をすることとか、段取りをしてゆくことも楽しみになるわけです。
普通は、何かの準備をすることって、手間でしんどいものです。
でも、その先に「新たな感覚を味わう」という世界があるから、準備も面白くなると。
それを、経験があることにしてしまうと、確かに手間はかからなくても、単調作業になって「面倒だな」となってしまうと。
まとめ
なので、楽しさについては、頭で予測するよりも、身体で味わってみる方がいいようにも思います。
思考よりも、体感ということですね。
実際に、「これ、面白い!」とか、「これ、おいしい!」とかいうのは、全部感覚的なものだと分かります。
これが分かると、うだうだと変に考えずに、「味わってみよう」と行動できて、新たな世界が見えるかもしれません。
そして、「もう少しディープな世界を」と触れていくと、いつの間にかのめり込んでいるかもしれません。
ということで今日は、楽しいことを見つけたい場合、頭で予測するよりも、飛び込んで身体で感じる方がよさそう、というお話でした。
今日はここまで~。