今日も生き方のお話です。

「他人からの期待を裏切らない」の前に、「自分に誠実に」を重視する生き方もよさそう、というお話です。

 

他人から期待が負担になるタイプ

「期待されると、なんだか重荷に感じる」ってこと、あると思うんですよ。

いやぁ、私とか特に、期待されると「期待を裏切っちゃいけない」みたいに負担に感じるタイプなんですよね。

だから作品作りでも、いつも「期待しないで」と言っていたり、ハードルを下げようとする人なんですが(笑

 

それで思うんですが、他人から期待されると、それが力になるタイプと、逆に負担に感じるタイプがいるように感じます。

おそらく、「社会で生きて、低共感な人」か、「新境地開拓が好きで、高共感な人」かで、これは変わるんじゃないかと思います。

 

期待が力になるタイプ、負担になるタイプ

「社会で生きて、低共感な人」ほど、期待が力になりやすいように思います。

それは、社会で生きる場合、工夫はさして必要なくて、応援されるほど実現可能性が高まります。

そして低共感であるほど、「失敗して、相手が落胆したときの苦しみ」を味わうことはないからですね。

 

一方で「新境地開拓が好きで、高共感な人」ほど、期待が負担になりやすいように思います。

というのも、新境地開拓は常に失敗の可能性があるので、「期待」は裏切る可能性がそれなりにあります。

そして共感性が高いほど、「失敗して、相手が落胆する苦しみ」をダイレクトに受け取ってしまうからかなと。

 

「他人からの期待」で頑張りがちな場合、どうすればいいか

なので、「新境地開拓が好きで、高共感な人」ほど、期待が負担になるし、同時に「他人からの期待を裏切らないように」と頑張りがちのように思います。

それは時に、自分を大きく犠牲にしてでも、他者を優先することもあって。

そしていつまでも周囲に尽くしてしまったり、自分なり生き方ができないこともあって。

 

その場合、「他人からの期待を裏切らない」の前に、「自分に誠実に」を重視する生き方もいいように思います。

すると、誠実さを重視することで、「裏切る恐怖」を乗り越えて、意味あることができそうにも思います。

 

「自分に誠実に」とできると、方向変換をしやすくなる

「自分に誠実になろう」とできると、方向変換をしやすくなるんですよね。

というのも、自分軸を持って動きたい人ほど、方向性を間違ったり、軌道修正をすることは、日常的にあるからです。

 

だいたい「自分が本当にやりたいこと」なんて、最初から明快に分かるわけではありません

「こっちは違うな」とか「こっちかな?」と試行錯誤して、そうして少しずつ自分を理解してゆくものです。

それだけでなく、「ずっと周囲のために尽くしてきたけど、本当は私は、こういうことをしたかった」と、今までの自分の間違いだとか、自分の本当の気持ちに気づくこともあります。

 

その場合、「そっか、私はこうしたかったんだ」と自分の思いに誠実になることで、軌道修正をしやすくなるんですよね。

言い換えると、それは「周囲への裏切り」ではなく、「自分に誠実で居続けるための、払わなければならない代償」ということです。

「周囲を裏切る」のではなく、「これ以上、周囲をだまし続けるのをやめる」とも言えるでしょう。

だって本当の自分は、周囲が思うような自分ではないんですから。

 

自分に誠実であると、傷つかない

なら、素直に「ごめんなさい。私はそういう人間ではありませんでした」と、自分の間違いを認められます。

それは確かに、目先では苦しいことでしょう。

 

でも、あまり深くは傷つかないんですよ。

なぜかというと、周囲は自分を否定しても、自分自身は自分を認められているからですね。

 

だからどんなに周囲から批判されても、確かに落ち込みはするんですが、胸の中心にぽわっと暖かいものが生まれて、批判が「自分の中核」までは入り込んでこなくなります。

もちろん批判も受け入れられるし、謝罪もできるんですが、自分を否定することはなくなります。

 

自分の内側にいる「幼い自分」を受け入れる、ということ

多くの人が、これと逆をして、自尊心を失っているわけです。

というのも、「誰か、私を認めて」と言いながら、自分自身が一番自分を認められていないんですから。

そうして、「自己肯定感を高めたい」とか「認められたい、チヤホヤされたい」と願うようになって、どんなに満たそうとしても満たせなくなると。

 

もちろん、「自分に誠実に」と言っても、何もかもをすぐに実現できるわけではありません。

例えば「本当は自分は、こんな家や会社からは出たかったんだ」と気づいても、すぐに家や会社から出られないことも多いものです。

だけどそれでも、自分の本心に向き合って、「そっか、私はそうしたかったんだ」と包み込み、受け入れるわけです。

 

すると、自分の内側にいる「幼い自分」も、納得するんですよ。

なら、「すぐには実現できないけど、少しずつそっちの方に歩いて行こう」とできて、いろいろと罪を精算しながら、本当に進みたかった方向に歩けると。

こういう「少なくとも自分は、自分を認められている」という状態が、本当の自尊心のように思います。

 

まとめ

なので期待でがんじがらめの場合、「他人からの期待を裏切らない」の前に、「自分に誠実に」を重視する生き方もいいように思います。

自分への誠実さを持てると、変なごまかしをしなくてすむようになります。

 

もちろん目先では妥協することも多くても、それでも「妥協することで、自尊心を失う」なんてことはなくなります。

それは、自分の本当の気持ちを理解できているからですね。

 

そういう「変なごまかしをせずに、筋を通す」という方が、すがすがしく、心地よく生きられるタイプもいるかと思います。

特に自分軸を持つ人ほど、ごまかしが嫌で、自分に筋を通す方が生きやすいようにも思います。

 

すると、自分を受け入れられるし、覚悟も決められて、動きやすくなるかもしれません。

 

ということで今日は、「他人からの期待を裏切らない」の前に、「自分に誠実に」を重視する生き方もよさそう、というお話でした。

今日はここまで~。

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