今日は生き方のお話です。

「旅をして生きたい」と思っていても、その生活は2週間で飽きることもある、というお話です。

 

遊んで暮らせるけど、好きなことを見つけた人

ちょっとした記事があって、興味深かったのでご紹介。

「やっぱ仕事せなあかん」創業者利益でブラブラしていた起業家が5年後に会社を買い戻すまで(President Online)3ページ目

 

記事の内容は、とある起業家が、起業と売却を成功できて、遊んで暮らせるようになったと。

でも、ちらほら違う仕事をしながら2年ぐらい経つと、旅をして生きるのにも飽きちゃったわけです。

そして「やっぱり自分は、今までやっていたマーケティングが好きなんだ」と気づいて、売却した会社を買い戻して、仕事を再開した、というものです。

 

こういうのって、結構あると思うんですよね。

すなわち、「旅をして生きたい」と思っていても、2週間で飽きることもある、ということです。

 

「少し味わうだけで満足できる」こともある

私たちは「年がら年中、贅沢をして遊んだり、旅をして生きたいな」とか思うじゃないですか。

でも実際のところ、それは「ずーっとそれをするのではなく、少し味わうだけでも満足できる」ということもあるように思います。

つまり、幻想を抱いている、ということですね。

 

例えば私たちだって、「お腹がすいた」という場合でも、「朝から晩までずーっと食事を食べて暮らしたい」とは思わないじゃないですか。

というのも、私たちは「食事はある程度食べると、満腹になって満足する」と知っているからですね。

 

でも、「お腹いっぱいに食べる経験」をしたことがない場合、「ずーっと食べ続けたい」と夢を描くことがあるわけです。

本当なら、適度な食料さえあればよくて、それで満腹になれれば満足できるものです。

なのに、「膨大な食べきれないほどの食料を準備できるようにならなきゃ」と思い込んでしまって、無駄な労力をかけてしまうと。

 

私の経験

私自身も、こういう「ずーっとやっていたかったけど、実は少しでよかった」という経験はあったりします。

私は制作が好きなんですが、結構「旅をして生きたい」という欲求も強かったんですよ。

 

で、あるとき、「自転車で少し遠くの場所に出れば、新しい景色に出会える」と分かって、感激して、自転車にハマったと。

だけど、2週間ぐらいそういう生活を続けていたら、なんか飽きちゃったんですよね(笑

「新しい感動を得るために、遠くに出なきゃ」というのが、義務感っぽくなっちゃって。

そうして、「あぁ、私はこれぐらいで満足できるんだ。それよりも、やっぱり私は制作が好きなんだな」と分かって、制作に集中できるようになったという。

 

好きなことを再発見してゆける

そういう風に、「一生これだけをして生きたい」という極端な方向に振らなくても、少しのことで「欲求が満足するレベル」は分かるかと思います。

「まずは一度、満腹になるまで食べてみましょうよ」ということです。

すると、「あ、私は1年のうちに2~3回ぐらいちょっとした旅をすれば、旅をしたい欲求は満足できるんだ」みたいに、満足できるラインが分かるかと思います。

 

それに、そうやって「満足を得られるライン」が分かると、好きなことを再発見してゆけるわけです。

旅への欲求を満たせると、「やっぱりブログとか、文章を書くのは好きだな」とか、「田舎でゆっくり暮らすのも好きだな」、「料理も好きだ」と、納得できたりするんですよね。

で、より心地よいバランスで、欲求を満たしながら生きられると。

 

まとめ

なので、「一生、ずっとこうして生きたい」という欲求は、少し戦略を考え直してみるのもいいかと思います。

どんなことでも、食事と同じように「ある程度食べれば、満足できるライン」っていうのがあるんですよね。

「大金持ちにならなきゃ」とか、「完全な自由を得なきゃ」とせずとも、ある程度少ない資源やお金で実現して、満足できることもあって。

 

それに、一度離れることで、今までは「これから解放されたい!」と思っていたことの中にも、好きなことがあったと再発見することもあるでしょう。

私の場合、「何かを作ったり、工夫したり、文章を書くのはやっぱり面白いな」と感じて、地味に続けるようになったり。

 

そういうバランス感覚が分かると、より満足を作りやすくなるかもしれません。

 

ということで今日は、「旅をして生きたい」と思っていても、その生活は2週間で飽きることもある、というお話でした。

今日はここまで~。

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