今日は、作品作りについてお話ししてみましょうか。
作品を「丁寧に作る」という考え方について、語ってみましょう。
「丁寧に作る」という感性
現在、新作本のチェックと修正を進めているところだったりします。
それで、もうね、チェックとかやってるとしびれを切らして、「もういい加減、リリースさせろや!」とか思うわけです(笑
だいたい形になっているのに、完成前に足踏みをするような感じになって、じれったく感じたりするものなんですよね。
でも、私の場合は、そこで作業を切り上げるとかできないんですよ。
「最後の最後まで、手を入れたい」みたいな、ある意味完璧主義なところがあるわけです。
この感覚って、クリエイターの方なら「うんうん、分かる分かる」ってすっごく実感できるかと思うんですが(笑
これが、「丁寧に作る」ということだと思うんですよ。
しっかりと最後まで、丁寧に仕上げる、みたいな。
なぜ丁寧に仕上げるのかというと、やっぱりそこには「愛」みたいなものがあるからだと思ったりします。
あるお方が、「作品は我が子のようなもの。リリースはお嫁に出すようなもの」みたいなことを言ってましたが、まさにそんな感じで(笑
人前に出すからには、ちゃんとしたものにしたいですよね。
「丁寧に作る」という感覚は、見る側にも伝わる
で、この「丁寧に作る」っていう感覚は、相手にも伝わるものなんですよ。
特に、見る目を持っている人には伝わりやすいものなんですよね。
実際、私たちが作品を見ていても、「これ、丁寧に仕上げてあるな」とか、「これ、雑だなぁ」って感じることとか、あるものですよね。
例えばフリーゲームが好きな人なら、フリーゲームとか見ていても、「丁寧な作り」と「雑な作り」って、何となく分かるでしょ。
それは、クリエイターの才能とは別次元のものなんですよ。
例えば絵描きさんでも、線をラフっぽく描くのがスタイルの人もいるわけです。
そんなラフっぽい画風でも、ちゃんと「丁寧に作っているな」っていうのは分かるものです。
逆に、「雑な作り」っていうのは、どんなに線を綺麗にしていても、「雑」なんですよね。
これはまさに、「作者の思い入れ」みたいな次元が出るような気がします。
作品を見るのではなくて、「作者を見る」みたいな感覚がありますよね。
私とか、漫画とか借りて読むときでも、作品の内容も見ますが、作品を通して「作者って、こんな人だな」って見るものなんですよね。
見る側は「作品のファンになりたい」ではなく、「作者のファンになりたい」
で、「ファンになる」っていうのは、作者のファンになるわけじゃないですか。
見る側の人にとっては、「作品のファンになりたい」ではなくて、「作者のファンになりたい」って感覚ですよね。
作品を通して、「作者の感性」という、作者そのものを見ていたいわけです。
作者の真摯な態度が、作品に現れるものです。
真剣に作品に向き合っていて、読み手のことを考えてくれている人なら、応援したくなるものじゃないですか。
作品に対する愛情を感じられたら、その愛情は伝わってくるものなんですよね。
それに、真摯に向き合っていたら、やっぱり能力は伸びていくものなんですよ。
すると、そのクリエイターの未来が楽しみになりますし、支えたくなるものです。
でも、「あ、これ、お金のためだけにテキトーに作ったものだな」とか、「この人、もう見栄のためだけにやってるな」みたいなのが分かると、好感度は下がりますよね。
そこには、「タイトル数さえ出せばいい」、「売り上げ数さえ伸びればいい」、「ランキングで上位になりさえすればいい」、「愛なんか知ったことか」みたいな空気があるわけで。
そういう「雑な仕上がり」を目にすると、次に手にするのはためらうものですよね。
それに、作品がよくても、作者に好感が持てなければ、あんまり近づかなくなりますよね。
だって、他にいいものを作っている人は、多くいるものですから。
私が実際に「すごいな」と感じたことがあるんですよ。
それは、アルフールのイラストを描いてくださった漫画家さんが、「単行本では修正できるページ数が限られているなんて! もっと修正させて!」って叫んでたことなんですよ。
雑誌掲載したものと、単行本とでは、ある一定ページ数以上は変更しちゃいけない、みたいなルールがあるようで。
修正ページ数に上限があることも驚きですが、その上限まで修正して、それでも「もっと手を入れたい!」というのも驚きですよね。
雑誌掲載版だって、毎月しっかり仕上げているわけです。
私たちの感覚だと、「単行本なんて、今まで描いたものをまとめて、そのまま出すもの」とか思いますよね。
それを、さらに修正して、しかも上限いっぱいまで手を加えて仕上げていくわけですから。
そこまで完成度を求める愛というか、真摯な姿勢ってすごいですよね。
そういうのは、才能の次元を越えて、伝わるものなんですよね。
少なくとも、分かる人には分かると。
まとめ
そんな感じで、「丁寧に作る」っていうのは、ファンを作る上では重要な感覚じゃないかな、と思ったりもします。
私の中では、才能よりも、そういう「丁寧に作る」という愛情みたいなものの方が、重要じゃないかとも思ったりもします。
そんな愛情が、才能を伸ばして、未来を作るわけですから。
だから、才能がまだ乏しくても、丁寧に作るクリエイターさんとか、私は大好きなんですよ(笑
「未来が楽しみだな~」と思いつつ、そういう方々を応援していたりもします。
同人とか、まさにこういう楽しみ方だと思うんですよ。
才能は低くても、作品に対する愛を楽しむ、みたいな。
同人が好きな人には、共感してもらえるかなと思ったりもします。
そういう楽しみ方というか、感覚もありますよ、ということでお話ししてみました。
ってことで、今日は「丁寧に作る」というお話でした。
今日はここまで~。