今日は「非常識」な部分に可能性がある、という簡単なお話をしてみましょうか。
まずは以下の動画をご紹介します。
「腕のないピアニスト」の演奏ですが、かっこいいですね~。
こういうのを見ると、人の可能性を感じられますよね。
人と比べると、可能性は失われる
たぶん、この演奏者は「ピアノを上手く弾こう」とか「人に聴かせるために弾こう」とか思ってなかったと思うんですよ。
ただ単純に、「ピアノを弾くのが楽しかった」から、ここまで弾けるようになったんだと思います。
というのも、もし人と比べると、明らかに普通に腕がある人以上には弾けませんよね。
指が10本あるのと、3本しかないのとでは明らかに差があるわけで。
つまり、人と比べていたら、可能性は失われるということですね。
比べずに、楽しいことを極めていくからこそ、そこに新たな可能性が生まれると。
そもそも、「可能性」というのは、「できないと思っていたことができるようになること」ですからね。
「常識」の中には「可能性」はないわけです。
むしろ、非常識な部分に、可能性があるわけですね。
「そんなアホなこと、誰がするの?」みたいな場所に、可能性が多くあるわけです。
欠点は即長所になる
後は、私たちには、「与えられるはずなのに、与えられなかったもの」みたいなものがありますよね。
でも、それを乗り越えた時は、それが恩恵になるわけです。
すると、「自分の欠点ばっかり見える」っていうのは、一つの才能ですよね。
それをクリエイティブに乗り越えれば、全部が恩恵になるんですから。
私も、文章を短くまとめられない欠点がありますが、そのおかげで本をいくつも書けてますしね(笑
そんな、「欠点を反転させて恩恵にする」っていう習慣を身につければ、大きく変わっていくんじゃないかなと思ったりもします。
すなわち、「欠点を見れば、非常識が見つかる。非常識が見つかれば、可能性が見つかる」ということですね。
こういう発想方法もあるんだと。
まとめ:常識ではなく、非常識を見ることで、可能性が開ける
なので、何か目標を達成したいとか、夢を達成したい場合、常識の延長では考えないというアプローチもあるわけですね。
むしろ、非常識を見つける方が、そこに突破口が見つかるかなと思ったりもします。
「非常識」というのが、可能性へのキーワードかなと。
ということで、今日はシンプルに、ここまでっ。