今日は、チャンスについてお話ししてみましょうか。

「気づかれていない美味しさ」というのは、世の中に結構ある、というお話です。

 

ブリの脂身と、マグロの脂身の違い

去年に糖質制限を始めてから、魚もよく食べるようになったんですよ。

最近では、ブリとか鮭が美味しいですよね。

特に、脂ののった部分って美味しいじゃないですか。

私はブリの照り焼きが好きなんですが、ブリのかま(えらの部分)で照り焼きを作ると、もう最高に美味しいんですよ。

それとか、お腹の部分も脂がのっていて美味しくて。

 

でも実は、この部分って「あら」と言って、邪魔者扱いされているんですよ。

だから、普通の身と比べても1/3~1/4ぐらいの値段で、すっごく安くたたき売りされているわけです。

まあ確かに骨があって食べにくいんですが、私からすると「そこが美味しいんじゃない!」って感覚なんですよね。

 

そんな中で、この正月にスーパーの魚コーナーを見てびっくりしたわけです。

「大トロ100g辺り、1080円」

もうとんでもなく高い値段なんですが、これで売れてるんですよ。

 

で、「大トロ」って、実は「マグロの脂身」部分なんですよね。

いわば、「マグロのあら」です。

それなのに、「ブリとか鮭の脂身(大トロ部分)」はゴミだとたたき売りされていて、「マグロの脂身(大トロ)」は超プレミアム価格がついていると。

身と脂身の違いは、どっちも似たようなものですからね。

だから私からすると、「ほとんどの人がネーミングで判断して、実体の価値には気づいていないんだな」と感じるわけです。

 

実体価値を見抜けるかどうかで変わる

世の中を見てみると、実はこういうことって結構あるんですよ。

実際に、実体価値を比べてみると分かります。

例えば牛カルビの並と特上って、同じ牛を使っているならば、ネーミングと値段が違う程度ですから。

そもそも並と特上における違いの定義なんかなくて、同じ牛ならば、店主が勝手に「これが並」、「これが特上」って決めてるようなものなんですよ。

だから、店主が赤身を好きなら「赤身が特上、脂身が多いのは並」になって、脂身を好きなら「赤身が並、脂身が特上」になると。

いい加減なものでしょ(笑

 

でもそれは当然で、私たちには「好みの違い」ってあるものです。

他の人は「サスペンスが好き」というものでも、自分は「恋愛物語が好き」みたいな違いってありますよね。

で、ほとんどの人は、「特上の赤身」、「特上の脂身」を共に「美味しい」と決めつけて、「並の赤身」、「並の脂身」を「劣っている」と思い込んでいるだけです。

すなわち、大金を払って「美味しい食べ物」を食べているのではなくて、「ネーミングや幻想の価値」を食べているんだと。

 

実はこういう「特上ほどいい、並ほど悪い」という思い込みは、かなり多くあります。

「価格が高い方が優れている、価格が低い方が劣っている」

「競争率が高い会社や新人賞ほど優れている、競争率の低い会社や新人賞ほど劣っている」

「メジャーで多くの人に知られている方が優れている、ニッチでごくわずかな人にしか知られていない人ほど劣っている」

みたいな。

こうして多くの人が実体価値を見抜けずに、価格とか競争率で踊らされているように思います。

 

「大きなものほどいい」から「身の丈に合うものほどいい」へのスタイル転換

この実体価値が見抜けるかどうか、ですよね。

で、「大きなものほどいい」から、「身の丈に合ったものほどいい」というスタイルに変えることで、実体価値を見抜けるようになるかと思います。

例えば服でもそうで、大きい服とかはだぶだぶで邪魔ですよね。

自分のスタイルに合った服が、一番心地よいと。

 

私の場合、「大好きなことだけをして、自由に生きる」というスタイルで生きています。

だったら、わざわざ「年収一億!」とか「有名出版社で新人賞デビュー!」とか必要ないんですよ。

まああっても構いませんが、私にとっては、それは「大きすぎる服」なわけですね。

自分が今持っている生地だけで、十分にその「大好きなことだけをして、自由に生きる」という服を作れるんですよ。

 

それは、ブリや鮭の大トロ部分を味わうのと同じです。

私は脂身が好きなので、わざわざ高いお金を払って、さほど美味しくない「綺麗な赤身」を食べる必要なんかないわけです。

安くて美味しい脂身を食べる方が、満足できていいですよね。

同じように、「メジャーで大ブレイクする」必要なんかなくて、誰も狙わずにたたき売りされている「ニッチでコアで熱狂的なファン」にアプローチすれば、安く美味しい蜜を味わえると。

「競争率が高い新人賞」なんか必要なくて、競争率の低い、誰も狙わないような業種を狙うことで、超簡単に美味しい人生を得られると。

 

はっきり言って、そういう見る目を養いさえすれば、誰でも簡単に大好きなことだけをして、自由に生きられるようになるでしょう。

多くの人がすごい価値を持っているのに、なんか「大トロを持たないと、美味しい魚は味わえない」、「特上を持てなければ、美味しい人生は味わえない」と言っているように思います。

その「大トロ」や「特上カルビ」に相当するものは、身の回りに安価でいくらでもあるのに。

それどころか、それと同等のものを既に持っているのに、その持っているものの価値に気づいていないんですよね。

 

まとめ

だから、一度値段とか競争率とか、社会的な評価みたいなものを全て取っ払って、「実体の価値」に注目してみるといいでしょう。

「世の中の評価」なんて、もうでたらめですから。

ブリや鮭の脂身をゴミだと扱って、マグロの脂身にプレミアムをつけているようなものです。

幻想の価値に操られるのではなくて、実体の価値を見抜けるようになれば、「あ、これって実はゴミだと思っていたけど、価値あるものやん」というのが見えてきます。

 

それが分かりさえすれば、今、手元にあるものだけで、簡単に成功できるかと思います。

同時に、自分の持つ特性がとても貴重なもので、価値あるものだと分かるでしょう。

 

ということで、今日は「気づかれていない美味しさ」というのは、世の中に結構ある、というお話をしてみました。

今日はここまで~。

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